こうしょうじ|臨済宗興聖寺派本山|円通山
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「京の冬の旅」の特別公開で参拝しました。
京都市上京区にあるお寺です。
以前訪れた時には 山門が閉じられていて境内にも入れませんでした。
義母が参拝できるのは 坂がなくて石段が少なくて駐車場から遠くないお寺だけ。
今回は三拍子揃ったお寺が 「京の冬の旅」の特別拝観でしたのでラッキーでした。
総門をくぐり その先の山門をくぐると 広い境内に入ります。
ここからは初参拝。
正面に本堂があります。
真っすぐ続く道の両側にはモミジが植えられていて 秋には見事な紅葉を楽しむことができます。
数年前までは一般公開されていなかったのですが 紅葉の時期には公開されるようになったと言われました。
一旦右に曲がり 庫裡の前を通って方丈入口へ。
まずは本堂の参拝です。
内陣の写真を撮ることはできず 本堂前から撮らせていただきました。
達磨大師の大きな絵が見えますね。
御本尊はこの絵の裏側にあります。
中央には住職(?)がおられ 本堂の説明をしてくださいました。
ガイドさんだと原稿があってそれを上手にお話してくださいますが こちらのお寺の方ですからお話の深みが違います。
達磨大師の絵は藤堂高虎寄進のものだそうです。
通常は倉庫にしまわれているものを 今回の公開のために本堂に展示されているそうです。
なるほど それで秀長つながりの特別公開なのでしょう。
こちらでは早朝坐禅が行われ 檀家の方のみならず一般の方も参加できるとのことでした。
本堂の壁には坐禅スペースがあり 布団のような座布団が置かれていました。
座布団とおっしゃっていましたが 2つに折られた敷布団の上に座布団がある感じです。
本堂前のモミジについても触れ 紅葉の時期は公開するのでお越しくださいとのことでした。
続いて方丈へ。
方丈前は苔が美しい庭園と枯山水庭園がつながっていました。
びっくりしたのは襖絵です。
ぱっと見ただけで分かります。写真です。
それも海中から水面を撮った写真。
こういうのもありなんですね。
天井絵も美しいです。
檀家の5名の画家が奉納されたようで 四季それぞれを4名の方で 中央の絵を1名の方で分担されているそうです。
檀家さんが天井絵を奉納するなんてとても素敵です。
方丈には古いお経が置かれていました。
古いことは分かりますが 保存状態が悪く 虫食いがたくさんあります。
覗き込んでいたところ 説明がありました。
この経典は平安時代に書写されたものだそうです。
平安時代のお経が今に残っているのか。すごいなぁ。と思ったら話には続きがありました。
経蔵には5294巻もの経典を集成した一切経が保管されているそうです。
約1000年にわたり ほぼ完全な形で収蔵しているそうです。
ところが一切経を納めている経箱は寛永年間(1924~1644年)に明正天皇や公家・僧侶・有力町衆によって寄付されたもので 経年劣化による経蔵の傷みが激しく また経箱の傷みが多くなり 納めている一切経にも悪影響を及ぼすようになりました。
そのためクラウドファンディングで 大切な一切経を守るため まずは経蔵の修繕を行ったそうです。
ところが傷んだ経典の修復はまだ残っています。
もちろん修復のためには費用がかかります。
そのため もともと公開されることがなかったお寺ですが 特別公開することで参拝料や朱印料を経典の修復にあてようと考えられたそうです。
そのお話を伺うと 御朱印も授与品もすべてが経典修復のためと思って購入したくなりますね。
一切経を守るための浄財になるわけですから。
はい。手ぬぐいもいただきました。
その後 茶室での説明もありました。
こちら方丈も茶室も すべて写真撮影がオッケーですのでありがたかったです。
説明をしてくださる方は どうやらガイドではなく檀家の方のようでした。
ご住職のお人柄がそうさせているのでしょうね。素晴らしい。
また秋の特別公開で再訪したいと思いました。
ネット情報です。
山号は円通山(圓通山)
宗旨は臨済宗
宗派は臨済宗興聖寺派
寺格は本山
ご本尊は釈迦如来
創建年は慶長8年(1603年)
開山は虚応円耳
開基は伝・古田織部
別称は織部寺
文化財は紙本墨画「寒山拾得図」・絹本著色「兜率天曼荼羅図」(重要文化財)です。
慶長8年(1603年)に妙満寺・日重上人の弟子である虚応円耳(姓は斎藤)が 法華(日蓮)宗の教えを広めるために東隣の大応寺から移って創建した。
創建時は「興正寺」といった。
現在 茶人・古田織部との関係がいわれているが 織部の妻セン(中川清秀妹)が隠棲した北野天満宮隣りの青霄院がセンの死後移転して同寺の塔頭となり その後 豊後国岡藩の家老・古田家が織部と子らの墓を建てた関係で 昭和になってから「織部寺」と呼ばれるようになった。
これは当時の住職・日種譲山の働きかけによるものである。
織部は大徳寺住持・春屋宗園に参禅しており 日蓮宗の虚応に開基を頼むわけもなく 当寺と織部との関係を示す記録は一切ない。
江戸時代の初期に後陽成上皇及び後水尾天皇の勅願所となった。
元禄14年(1701年)に日蓮宗より禅宗寺院となる。
また 塔頭も数十か寺を数えるほどであったという。
天明8年(1788年)の天明の大火で仏殿(現・本堂)を残して全焼したが その後再興された。
1887年(明治20年)に臨済宗相国寺派に所属を変えるが 1953年(昭和28年)に臨済宗興聖寺派の本山として独立している。


1年9ヶ月ぶり2回目の参拝。当日より第60回 京の冬の旅での特別公開がスタートしていたので拝観。
京の冬の旅では4年ぶりの公開とのこと。
通常非公開寺院ですが2023年以降は春と秋の特別公開以外にも積極的にイベントや展示会が開催されており、今回公開される本堂(仏殿)、方丈、庭園、茶室とも前回拝観。
ただ今回の特別公開では、毎年「達磨忌」の日にのみ掛けられ通常は見らことができない日本最大級の達磨図が
今回のみ掲げられるということで拝観しました。
拝観後、入口に設けられた授与所には前回いただいた御朱印の他、今回公開の限定「菩薩達磨」な書き置き朱印があり。通常印は500円ですが限定は達磨図の写真が入って1,500円。悩んでいると建物施設の修復・維持ということで拝受しました。
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興聖寺(織部寺)秋の特別公開での参拝。通常非公開ですが特別公開で年に数回拝観出来ます。もう山門からの景色が😍紅葉したらそりゃ絶景になるわ。山門にて受付と御朱印を拝受。楓たなびく参道を歩きまずは本堂へ。釈迦三尊と弥勒様、だるまさんとちょっと変わったラインナップ。だるま像は藤堂高虎公寄贈とのこと。本堂内は撮影不可です。方丈に向かうと青い襖絵が眼に飛び込んできて写真家杏橋幹彦氏が海中から撮影した写真を表装したもの。これだけの大寺院で写真を襖絵にしたものって全国的にも珍しいのではないでしょうか?そして中庭にある降り蹲居。深さは2メートルあるらしい。なぜこれを作ったのかはわからないらしいが・・・😅紅葉シーズン時間が取れたら再訪したいですね。夜間ライトアップとかあれば尚良しなんだけど・・・。
公開は12月8日まで。




ご遙拝と言いますか、何と言ったら良いのでしょうか。
言ってみれば、興聖寺さまの「クラウドファンディング」に「出資」させて頂いたのです。
興聖寺さまの、ホームページなどにも掲載されております。
興聖寺さまには、千年前の平安時代より受け継がれてきた、何千もの経典があるそうです。
これは、専門家から見ると、「重要文化財級」だそうです。
その経典を入れている箱が「虫食いなど」により傷み、欠本が70巻ほどあるそうで、「修復」が急務だそうです。
ですが、「寺は人に寄り添うもの」として、「公共の補助金」は一切受けず、「民間資金で修復したい」とのことだそうです。
その、有志による「クラウドファンディング」を「京都ローカル」のページで行っていました。
ワタシはそれを応援したく思い、「クラウドファンディング」で「お志」を「出資」させて頂きました。
「お志」は、「クラウドファンディング」のページから、「クレジットカード払い」のみです。
この証として、ワタシの名前は、興聖寺さまの帳簿に、将来に渡って残される事でしょう。
そして「返礼品」として、「弥勒菩薩」さまと「古田織部」さまの御朱印、「地蔵菩薩点描画」を頂戴しました。


京の冬の旅で40年ぶりに公開でした。
興聖寺は慶長八年(1603年)に、虚応円耳(きいんえんに)という僧を開山として、茶道織部流の祖でもある武将・古田織部により建てられました。
なので「織部寺」とも呼ばれています。
江戸時代に建てられた本堂(仏殿)には天井に「雲龍図」が描かれています。写真撮影は❌でしたが、鳴き龍で
龍さんの下で手を叩くと鳴いてくれました。
本尊・釈迦如来像。左には武将・藤堂高虎の寄進と伝わる達磨像、右には弥勒菩薩がおられました。
方丈には、杏橋 幹彦さん『青波の襖』(海中写真)が奉納されています。青が際立ち、私の寺院の襖絵のイメージを覆し斬新でした。天井画は梅やったと思います。
「降り蹲踞(つくばい)」
地面を深く大きく掘り下げ螺旋状の石段を降りた先に手水鉢を据えられています。隠れ石仏さんがおられました。
茶室の前のお庭には亀の形をした井戸がありました。
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