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あたごじんじゃ

愛宕神社(千代田町上五箇)
群馬県 武州荒木駅

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愛宕神社(千代田町上五箇)について

興味深い伝承が多く伝わる愛宕神社
当地で盛んだった出羽三山講の出羽塚があり、塚上には八幡太郎義家の利根川渡河伝説にちなむ旭向八幡神宮もある

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くし
くし
2026年05月05日(火)1755投稿

栃木から群馬を横断してついに埼玉県境の利根川までチャリで来ちゃった🚲️💦
もう足が限界来てましたが🦵💥ここが今日の最南端、折り返し点です↩️

この愛宕神社は利根川沿いの上五箇という集落の鎮守様。
この上五箇は、藤原長良伝承の中心地の瀬戸井集落のすぐ隣なのですが、長良や蛇に関する伝承はなく、全く別の伝承が伝わっている😲
まぁ長良社と愛宕社で系統が違うので当然なのかも知れませんが、邑楽郡に広く分布する長良伝承が本宮のすぐ隣の集落の鎮守社にないとはどういうことだ❓️💫と、むしろその異質性に惹かれ、またその異質な伝承がなかなかユニークなので拝んでくことにしました🙏

まず上五箇では、出羽三山講が盛んで神社の祭祀にも関わってる(いた?)そうです。
この愛宕神社も洪水などで古伝承が早くに失われたらしく、由緒不明になってたそうですが、三山講が神社で7日間の水行を行い・・・

お 告 げ で 由 緒 を 神 様 か ら 直 接 教 わ っ た 🌠

・・・ええんかそれで💧
いや、神様自身が教えてくれた神社の歴史だから、信仰的にはむしろWin-Winなのか💦w

基本情報に載せたましたが、神託だけあっていろいろとおかしなところが💫
なぜか中流域のこの上五箇が「利根川の源流」となってたり、愛宕大神の御神像が彫られた年代が紀元前1000年頃だったり・・・縄文晩期か弥生初期ですぜダンナ😂w
たしか皇紀元年でも紀元前660年だし、神道的に解釈するとしても盛り過ぎじゃね⌛www
まぁ寺社の由緒はあくまで史実でなく伝承ですので、整合性を求めるのは、時代劇や大河見てて「史実と違う😡💢」とかガチ切れするのと同じく野暮ってものw

この神社とセットで、ササラ舞のルートに出てくる長生寺に向かいながら駒形神も探してみたかったのですが、これ以上東に向かうのは時間的にも体力的にムリなので今回は断念😵
帰路に着きつつ、西にある長良伝承の中心地、瀬戸井を目指しました🚲️💨

愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)

愛宕神社の入口

愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)

扁額は「愛宕祠」となってます

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愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
旭向八幡神宮の源義家の利根川渡河伝説も描かせてみました
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
出羽三山講の講員が7日間の水行で神様から由緒を授かるところw 火の神カグツチはこんなイメージかな~と🔥
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
江戸時代にこの地から儒者とか学者を何人か輩出してるようで、芭蕉歌碑が多いのもこのためかと
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
拝殿にくらべて本殿がわりと小さい
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
拝殿内 正面に《主》の加具土命、左に《合》の誉田別命・大山祇命が祀られてます 右上の額絵は天岩戸開き、左上の額絵はヤマタノオロチ退治かな? ・・・いや、もしかしてこれ長良卿とおさよ殿の大蛇退治かも💡 消えかかっているが天井絵も描かれてるらしい😳
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
扁額もやや古いものながらなかなか豪華✨ こちらも「愛宕祠」となってます
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
拝殿 社殿は小さいながらもなかなか立派、境内もよく整ってて地域信仰は篤いらしい さすがに出羽三山講が現代でも続いてるかは不明ですが・・・
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
由緒碑ではなく整備記念碑 基本情報に載せた「お告げの由緒」は、ネット上にあった「千代田の民俗」という資料にあったものをAIに現代訳させました 大正~昭和初期頃の文らしく、漢字とカタカナ文で「◯◯せしむる」みたいな古い言い回しが使われてて読みづらかったので😅w
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
合祀社 《配》にあたる山王社・浅間社・湯殿社・八幡宮 神明社・八坂社がこれらしい 資料と数が合わないのは、湯殿社と八幡宮が出羽塚の祭神と被ってるのかな?💫
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
一応富士講の富士嶽神社もありましたが、ここでは三山講が幅を利かせてたため扱いが悪く、塚の下に置かれてる🗻💧w 真ん中は猿田彦神
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
頂上には出羽三山の石神
愛宕神社(千代田町上五箇)(群馬県)
出羽三山は修験の山なので、塚上には神仏習合で大聖不動明王も祀られてます せいたか・こんがら両童子の名前もあり
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愛宕神社(千代田町上五箇)の基本情報

名称愛宕神社(千代田町上五箇)
読み方あたごじんじゃ

詳細情報

ご祭神《主》加具土命
《合》誉田別命・大山祇命
《配》山王社 浅間社 湯殿社 八幡宮 神明社 八坂社
《出羽三山講塚》旭向八幡神宮・三山敬愛神社・出羽三山・三山開基蜂子大神・大聖不動明王
《摂末社》富士嶽神社・猿田彦神・他
ご神体愛宕大神御神像
創建時代不詳
創始者京都から来た公家
ご由緒

本村の鎮守である愛宕大神の御神像については、村人の間でも詳しい由来は伝わっていなかった
ところが、大正4年8月28日(旧7月19日)、三山講社が鎮守の神前を借りて七日間の水行を行っていたところ、神勅(神のお告げ)があった。
そのお告げによれば――
昔、戦乱のため都にいた公家が東国へ落ち延び、この上五箇の地に住みついた。
その際、守護神として京都の愛宕大神を祀ろうと考え、現在の社殿の場所に祠を築き「愛宕大権現」と名づけて崇拝した。
また、駒形の地には祖先を祀るために一つの堂を建てた。 これが現在の阿弥陀堂である。
さらに今から416年前、朝廷を乱そうとする企てが起こった際、京都の愛宕大神の御神像を背負って逃れ、関宿付近(現在の千葉・茨城・埼玉三県境)まで来たものの、安置する場所が見つからなかった。
そこで利根川の源流近くまで遡り、当村に戸数三戸の家と社があるのを見つけ、現在の阿弥陀堂に御神像を安置して京都へ戻ったという。
しかし京都では、その御神像を八方探しても見つからず、やむなく新たに神体を彫って安置したと伝えられている。
上五箇村の始祖は吉永家の祖先・吉永五計であり、この由来は後世に伝えるべきものとして申し渡された。 よってここに記録する。
鎮守の御神像が彫られたのは、今から2999年前のことである。
右の文は鎮守の神勅であり、吉永家のものだが、講社の人々も多いため、煩雑を避けるためにここに伝え置く。
大正4年秋、この箱を作り、この事を記念して記した。
(上五箇村鎮守愛宕大神御身鉢ノ由来大略より AIによる現代訳)
――――――――――
【出羽三山講】
上記の古文書のように、この上五箇地域は「さんやま講」という出羽三山信仰が江戸時代から大東亜戦争終了まで盛んな地域で、愛宕神社の祭祀にも深く関わっていた。
吉永家の先祖は羽黒山の大先達で、この地方の信仰を高めた。吉永家が中心となって、年輩の者(50~60才位)の男性が集まり、16人くらいで信心者が集まって講を作っていたという。
――――――――――
【旭向(ヒノムク)八幡神宮】
出羽三山講塚に祀られている、旭向八幡神宮の祭神は八幡太郎義家である。
この神社は、もともと上五箇の小字福田に鎮座していたものだが、明治43年に愛宕神社へ合祀した(明治時代の利根川の大洪水が関係していると思われる)
この八幡様にはつぎのような伝説がある。
八幡太郎義家が蝦夷征伐に行くとき、利根川を渡って五箇地先へ上陸したときに太陽が上がったので、旭向と名付けた。
なお、邑楽町と千代田町の境界付近には鞍掛という地名がある。鞍掛というのは、義家がそこまで行って疲れたので乗っていた馬の鞍を掛けた場所と伝わる。
また、渡河を始めた時は日暮れだったので、埼玉側には「日暮れ八幡(しぐれ八幡)」も祀ったという(対岸の行田市にある酒巻八幡神社か?)
ちなみに現在、旭向八幡神宮は出羽三山塚の他に拝殿内にも祀られており(《合》の誉田別命と思われる)字福田の人が祭祀を引き継いでいるとのこと。
――――――――――
【上五箇のササラ】
愛宕神社の夏祭りの7月24日には(以前は旧6月24日)「上五箇のササラ」という獅子舞が盛大に行なわれていたという。
愛宕神社のササラがいつ頃から始まったか記録はない。
言い伝えでは、昔はここでは「天王様の祭り」という荒々しい祭りが行われており、暴れて多くケガ人が出るので、川向こうの埼玉県行田市下中条の長楽神社から獅子を取り入れたものという(館林市上三林町の雷電神社のササラと同起源)
獅子の行例は次の道順で村を回りながら、要所要所で獅子舞をする。
愛宕神社(六〇分舞う)⇒小宮四社(一〇分ずつ四〇分舞う)⇒三橋神社(一〇分舞う)⇒県道⇒中道⇒駒形神(舞う)⇒堤防⇒渡船場⇒愛宕神社(昼食、再出発)⇒長生寺(弁天様を六〇分舞う)⇒社総代(三人のうち一人の家に寄り、六〇分舞う)。
この巡行は社内の厄神除けに回るもので、道中笛を吹きながら一行が進む。身体の弱い子は親に頼まれて獅子頭をかぶせてやると、丈夫に育つ呪いになる。
道順は決まっていて、社総代の家以外には個人の家には寄らない。昼食は愛宕神社で食べて再出発するが、同じ道を二度と通らない。道中の家々ではバケツに水を用意しておいて、一行に水を飲ませてくれる。信心でもあり、余興にもなっていた。 

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