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いいづなじんじゃさとみや(すめたるほのみことじんじゃ)

飯縄神社 里宮(皇足穂命神社)
長野県 善光寺下駅

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
あり

境内入口から西へ40mほどにあり 4台ほど

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惣一郎
惣一郎
2022年07月25日(月)1269投稿

【信濃國 式内社巡り】

飯縄神社・里宮(いいづな~・さとみや)は、長野県長野市富田にある神社。式内社で、旧社格は郷社。祭神は保食神。

社伝によると、第15代応神天皇の御代270年ごろ、飯縄山山頂に天神大戸道尊を祀り、飯縄大明神と称したのが始まり。本地を大日如来とし、平安時代の848年に学問行者(戸隠神社奥社を開いた行者)が飯縄山に入山して、この大日如来の尊容を拝したといわれる。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「信濃國 水内郡 白玉足穂命神社」の論社となっており、他の論社としては、皇足穂命神社諏訪社合殿(長野市中条)、皇足穂命神社(長野市信州新町)がある。鎌倉時代の1233年に信濃國荻野の地頭・伊藤兵部太夫豊前守忠綱が飯縄大明神のお告げにより入山し、山頂に飯縄大明神を勧請、その子の盛綱も父に従い入山し荼枳尼天の法を習得、父より飯縄の法(管狐を使う独特の法術)を受け継ぎ、飯縄原始忍法を確立、自らを「千日太夫」と称し、飯縄信仰を全国に広げるとともに、忍法の祖となった。
のち武門の尊崇を受け、室町幕府三代将軍・足利義満は紫金仏の地蔵菩薩像を飯縄山本地仏として寄進、武田信玄はこの里宮を千日太夫の冬季居所として創建し神領を寄進、江戸幕府三代将軍・徳川家光も朱印地100石を寄進するなど、飯縄全盛は全国に伝播し全盛を誇った。飯縄山は山頂より食べられる砂(飯砂)を産し、参籠の行者等はこれを採って食べたことから飯砂山、転じて飯縄山といい、保食神(皇足穂命)の霊徳として、1873年(明治6年)に長野県庁より「皇足穂命神社」の称号を与えられた。(境内案内より。忍法とか、ホントかな…(^_^;))

当社は、長野線・善光寺下駅の北西4kmの小山の南斜面にある。善光寺から戸隠神社への参詣道として伸びる戸隠道にほど近いところにある。境内は至ってシンプルで、坂道と階段の参道を数十m登ると、社殿周りがある台地状の境内がある造り。サイズ的には郷社でも小さい方か。特筆すべきは、社殿前に樹高30m、目通り4.8mの杉の巨木(御神木)が立っていること。

今回は、信濃國の式内論社であることから参拝することに。参拝時は休日の昼過ぎ、参拝者は自分たち以外にはいなかった。

飯縄神社 里宮(皇足穂命神社)のその他建物

境内南端入口の<社号標>。昔の「戸隠道」に面している。

飯縄神社 里宮(皇足穂命神社)の手水舎

参道左側にある<手水舎>。

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歴史

 当神社は、西暦270年頃第15代応神天皇の御代飯縄山山頂に天神大戸道尊を祀り、飯縄大明神と称したのがそもそもの起こりで、本地を大日如来とし 848年学問行者が飯縄山に入山して、この如来の尊容を拝したと言われる。
 西暦1233年に信濃国荻野(信州新町)の地頭 伊藤兵部太夫豊前守忠綱が、飯縄大明神のお告げにより入山し、山頂に飯縄大権現を勧請した。忠綱の 子、盛綱も父に従い入山し、荼枳尼天の法を修得、 父より飯縄の法(管狐を使う独特の法術)を受継ぎ、飯縄原始忍法を確立、自ら「千日太夫」と称し、飯縄信仰を全国に広げると共に忍法の祖となった。
又、武門の尊崇を受け、特に足利三代将軍義満は、 紫金仏の地蔵菩薩像を飯縄山本地仏として寄進し、室町時代末期には武田・上杉両家の深い尊信を受け 神領を寄進され、徳川三代将軍家光も朱印地百石を寄進するなど、飯縄信仰は全国的に伝播、万余の末 社を有し、全盛を誇った。この里宮は、千日太夫の冬季居所に武田信玄が創建したものといわれる。
 飯縄山は山頂より食べられる砂(飯砂)を産し、参籠の行者等は、これを採って食べたことから飯砂山、転じて飯縄山と言い、これは保食神(皇足穂命)の霊徳として、明治六年長野県庁より皇足穂命神社の称号を与えられた。

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飯縄神社 里宮(皇足穂命神社)の基本情報

名称飯縄神社 里宮(皇足穂命神社)
読み方いいづなじんじゃさとみや(すめたるほのみことじんじゃ)
参拝時間

参拝/24時間

参拝にかかる時間

約15分

参拝料

なし

トイレなし
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号026-254-2007(越志旅館)

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttp://www.iizuna-jinnjya.jp/
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詳細情報

ご祭神保食神
ご神体飯綱山
本殿三間社流造
文化財

【長野市指定天然記念物】皇足穂命神社の大杉

ご由緒

 当神社は、西暦270年頃第15代応神天皇の御代飯縄山山頂に天神大戸道尊を祀り、飯縄大明神と称したのがそもそもの起こりで、本地を大日如来とし 848年学問行者が飯縄山に入山して、この如来の尊容を拝したと言われる。
 西暦1233年に信濃国荻野(信州新町)の地頭 伊藤兵部太夫豊前守忠綱が、飯縄大明神のお告げにより入山し、山頂に飯縄大権現を勧請した。忠綱の 子、盛綱も父に従い入山し、荼枳尼天の法を修得、 父より飯縄の法(管狐を使う独特の法術)を受継ぎ、飯縄原始忍法を確立、自ら「千日太夫」と称し、飯縄信仰を全国に広げると共に忍法の祖となった。
又、武門の尊崇を受け、特に足利三代将軍義満は、 紫金仏の地蔵菩薩像を飯縄山本地仏として寄進し、室町時代末期には武田・上杉両家の深い尊信を受け 神領を寄進され、徳川三代将軍家光も朱印地百石を寄進するなど、飯縄信仰は全国的に伝播、万余の末 社を有し、全盛を誇った。この里宮は、千日太夫の冬季居所に武田信玄が創建したものといわれる。
 飯縄山は山頂より食べられる砂(飯砂)を産し、参籠の行者等は、これを採って食べたことから飯砂山、転じて飯縄山と言い、これは保食神(皇足穂命)の霊徳として、明治六年長野県庁より皇足穂命神社の称号を与えられた。

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