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みなとすみよしじんじゃ(すみよしたいしゃけいがいまっしゃ)

港住吉神社(住吉大社境外末社)
大阪府 大阪港駅

社務所 午前9時から午後4時

御朱印について御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
ありません
パーキング
駐車場
なし

なし

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soo_cyan
soo_cyan
2025年06月08日(日)4714投稿

釈迦院から神社別格を巡りながらとりあえず弁天町を目指しまずは港住𠮷神社へ。住吉大社の境外末社とのことで参道は公園と中学校に挟まれています。境内はさすが住吉大社の末社という感じでシンプルながらまずまずの広さ。本殿参りして散策してみると左手奥に魚関係の石碑が。どうやら合祀された永代濱住𠮷神社から移されたものらしい。魚河岸がらみの神社太たのでしょうかねぇ・・・😅
本殿裏の東側と稲荷社のある南側には鳥居(南は鳥居跡の柱)と狛犬が外を向いておりかつて参道があったと思われるが境内の目と鼻の先に中学校が建てられておりなぜこんな立地?と不思議に思い調べてみたら、ここの境内地はもともと遊園地の跡地で大阪市が無償で提供していたそう。その後市有地の返還を求めて大阪市が訴訟を起こしたそう。和解が成立して住吉大社に売却されたのが平成28年なので行政側が参道を潰すようないやがらせの形で学校を建設したととらえられても仕方ないぐらい不自然。神への冒涜ではないか?と思えなくもないんだが😔
 稲荷社前で宮司さんがお掃除中でした。前でお詣りしようとしたら中開けてもらって結構ですよとのことなので扉開けてお詣り。とはいえ中は閉ざされた厨子のみで狐さんは見えずのシンプルな社殿でした。御朱印をお伺いすると書置きですがよろしいですかとのことでありがたく。お掃除中断して御用意いただけました😊

港住吉神社(住吉大社境外末社)(大阪府)

参道入り口

港住吉神社(住吉大社境外末社)(大阪府)

社号標。住吉大社境外末社だそう。

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歴史

当社は大阪港一円の総氏神として住吉大社より分祀された港宮で、本社と同じく住吉大神と神功皇后をお祭りする。全国に住𠮷神社が二〇〇〇社以上あるなかで、当社は住吉大社の港宮とされ直接の祭祀を受けている神社である。
 天保十三年(1842)三月十八日、大阪城代酒井雅楽頭が幕府より命を受け、江戸時代に埋立干拓されつつあった港湾地区の守護神を祭るべく、摂津國一宮の住吉大社より分霊を戴いて、これによって当社は天保山(目印山)に創祀されることになった。幕末より欧米列強の来航などによって緊張が高まったため、幕命によって目印山へ砲台の台場が築かれ、そのため元治元年(1864)に神社h天保町へと遷座し、明治三十九年(1906)九月十九日には再び官幣大社住吉神社の境外末社となり、翌四十年十二月には西区靭中通二丁目にあった永代濱住吉神社が合祀された。大正六年七月八日、天保町から今の築港遊園地なる現在地に遷座された。大阪の港湾の主要地として発展していたところ、昭和9年の室戸台風、そして昭和20年6月1日、港住𠮷神社はもとより築港一円もすべてが空襲により壊滅した。しかし終戦後、壊滅した築港の精神的中心とすべく地元関係者等の尽力により復旧され、今に至るまでなお地元の氏子をはじめ海運業関係や漁師の方々から篤い崇敬を集めている。

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港住吉神社(住吉大社境外末社)の情報

住所大阪府大阪市港区築港1-5-20
行き方

Osaka Metro中央線「大阪港駅」徒歩10分

港住吉神社(住吉大社境外末社)の基本情報

名称港住吉神社(住吉大社境外末社)
読み方みなとすみよしじんじゃ(すみよしたいしゃけいがいまっしゃ)
通称港住𠮷神社
参拝時間

社務所 午前9時から午後4時

トイレなし(神社前の築港南公園に公衆トイレ有り)
御朱印あり
限定御朱印なし
電話番号06-6571-0196

お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

ホームページhttps://www.sumiyoshitaisha.net/events/annualevents/07.html#anchor02
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お守りあり
絵馬あり

詳細情報

ご祭神住吉大神
 底筒男命
 中筒男命
 表筒男命
神功皇后(息長足姫命)
創建時代1842年(天保13年)
創始者酒井雅楽頭
ご由緒

当社は大阪港一円の総氏神として住吉大社より分祀された港宮で、本社と同じく住吉大神と神功皇后をお祭りする。全国に住𠮷神社が二〇〇〇社以上あるなかで、当社は住吉大社の港宮とされ直接の祭祀を受けている神社である。
 天保十三年(1842)三月十八日、大阪城代酒井雅楽頭が幕府より命を受け、江戸時代に埋立干拓されつつあった港湾地区の守護神を祭るべく、摂津國一宮の住吉大社より分霊を戴いて、これによって当社は天保山(目印山)に創祀されることになった。幕末より欧米列強の来航などによって緊張が高まったため、幕命によって目印山へ砲台の台場が築かれ、そのため元治元年(1864)に神社h天保町へと遷座し、明治三十九年(1906)九月十九日には再び官幣大社住吉神社の境外末社となり、翌四十年十二月には西区靭中通二丁目にあった永代濱住吉神社が合祀された。大正六年七月八日、天保町から今の築港遊園地なる現在地に遷座された。大阪の港湾の主要地として発展していたところ、昭和9年の室戸台風、そして昭和20年6月1日、港住𠮷神社はもとより築港一円もすべてが空襲により壊滅した。しかし終戦後、壊滅した築港の精神的中心とすべく地元関係者等の尽力により復旧され、今に至るまでなお地元の氏子をはじめ海運業関係や漁師の方々から篤い崇敬を集めている。

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