やまなしおかじんじゃ
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山梨岡神社(やまなしおか~)は、山梨県笛吹市春日居町鎮目にある神社。式内論社で、旧社格は郷社。境外摂社の吾妻屋宮も式内論社。祭神は大山祇神(おおやまつみ)、高龗神(たかおかみ)、別雷神(わけいかずち)の3柱。本殿は国指定の重要文化財。なお「山梨」の地名は当社の社名に由来すると言われる。
社伝によると、崇神天皇の御代、疫病が蔓延し勅命により日光山高千穂の峰(当社背後の御室山と推定されている)に3柱の祭神を祀って近郷の鎮守としたのが始まり。成務天皇の御代に群境を定めるにあたり、御室山麓の現在地にあった梨の木数株を伐採して遷座し、鎮座地を「甲斐嶺山梨岡(かいがね・やまなしおか)」と名付けた。(当地が律令制下の甲斐国山梨郡山梨郷に比定されるため、これが郡名の由来であり、現在の県名の由来であるとされる。)当地周辺は古墳時代の考古遺跡が多数分布し、甲斐4郡成立後には甲斐國の初期国府と考えられており、奈良時代、平安時代の州ラック遺跡や古代豪族の氏寺(寺本古代寺院)などが分布している。平安時代の927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 山梨岡神社 小」の論社となっており、他にも同名の論社が1社(山梨市石森)ある。また、境内社の吾妻屋宮も『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐国 山梨郡 甲斐奈神社 小」の論社となっており、他にも論社が3社(甲斐奈神社(笛吹市一宮町)、甲斐奈神社(笛吹市春日居町国府)、甲斐奈神社(甲府市中央))ある。
戦国時代には、領主武田氏からの崇敬を受けたが、武田氏滅亡後、1583年に徳川家康から社領安堵を受けた。江戸時代になると朱印地8石を下賜された。明治時代には、郷社に列した。
当社は、JR中央本線・石和温泉駅の北東1kmほどの御室山の山麓にある。境内南側300mのところを国道140号線(秩父に抜ける幹線道路、別名「雁坂みち」)が通っている。山の麓ということもあって、境内周りは境界があいまいな感じで、参道も真っ直ぐではなく、神社というよりも寺院という感じを受ける。旧郷社ということでけっして大きくはないが、古代甲斐國の中心地、本殿は室町期の建立で国重文、山梨の地名の由来になっているなど、歴史ロマンに浸ることができる。
今回は、一日甲府旅行の5社目、式内論社であることから参拝することに。参拝時は週末の午前中で、自分以外には参拝者は見かけなかった。
※社務所に宮司さんの連絡先が掲示してあり、電話をすると来ていただけるとのこと(ネット情報)であったが、連絡先を発見できず、ご朱印拝受は断念した...涙

境内地の南方300m、国道140号線沿いにある<社号標>。少し進むと<平等川>に架かる<神橋>を渡る。背後の<御室山>を目指すので分かりやすい。

境内地が近づくと、奉納石柱が現れる。でも鳥居が見えない。

JR中央本線石和温泉駅から徒歩15分くらいのところに居られます。
人皇十代崇神天皇(3世紀後半~4世紀前半)のときに国内で疫病が流行し災害も多いことから、御室山山頂に創建されたそうです。
あらー、ここも御室山ですね。GoogleMapを見るとここから西に御室山古墳というのがありますのでここのことでしょうか。
今の場所には政務天皇(4世紀中ごろ)のころに移されたようで、このときに「甲斐ヶ根、山梨岡神社」と号したことから
「やまなし」の語源発祥の地と言われているようです。
本殿は国指定の重要文化財だそうで(写真は撮れてません…なんで撮ってなかったのかと過去の俺に問いたい)
境内の裏山一体も県の文化財に指定されているようです。
渋くてかっこいいなぁっていう印象です。
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