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楽しみ方秋葉山本宮 秋葉神社 下社のお参りの記録一覧
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【遠江國 古社巡り】
秋葉山本宮秋葉神社(あきはさん・ほんぐう・あきは~)(下社)、静岡県浜松市天竜区春野町領家にある神社。旧社格は県社で、現在は神社本庁の別表神社。主祭神は火之迦具土大神(秋葉大神、江戸期は秋葉大権現)。全国で神社本庁傘下だけでも400社以上ある秋葉神社の総本宮。
創建は不詳。社伝によると、神体山・霊山の秋葉山は上古より仰がれてきたが、飛鳥時代の709年に山が鳴動し火が燃え上がったため、元明天皇の御製を賜り、初めて社殿が建立されたとしている。以後、仏教や修験道が入り、神仏習合の霊山として発達。戦国時代には一時荒廃したが、徳川家康と関係のあった可睡斎の禅僧・茂林光幡が秋葉寺を曹洞宗の別当寺として以降、徳川幕府による寺領の寄進など厚い庇護を受け、次第に発展した。この頃は、禰宜、僧侶(曹洞宗)、修験(当山派)の三者が奉仕し、別当は僧侶が務め、秋葉山山頂には本社と観音堂を中心に本坊、多宝塔など多くの建物が建ち並び、修験も最大三十六坊あったと伝わる。徳川綱吉の治世のころから、秋葉大権現は神道、仏教、修験道が混淆した「火防(ひぶせ)の神」として全国的に知られるようになり、爆発的に信仰を集めるようになって、各地で秋葉講が組成され大勢の参詣者を集めた。明治に入り、神仏分離令、修験宗廃止令により、火之迦具土大神を祭神とする「秋葉神社」と改称し、県社に列格した。太平洋戦争中の1943年に山頂(上社)が山麓から発生した山火事の類焼により山門を除く建物すべてを焼失、戦後山麓に下社を造営し祭祀を継続した。1986年に現在の神社社殿を再建し再興を果たした。
当社は、天竜浜名湖鉄道・天竜二俣駅の北東12km、道のり20kmの秋葉山南麓、気田川の北岸にある。県道沿いに割と地味な境内入口があって、大きな駐車場案内柱だけが目印。かつては門前街があったようで、現在は閉まっている土産物屋、旅館などが建ち並ぶ間を進むと、社殿への階段がある。社殿周りはさほど広くはなく、拝殿前のスペースは、授与所などの建物で囲われていて、よほどじっくり授与品を見て廻らない限り、短い時間で見終わってしまう。想像するに上社が再建される1986年までは、昭和の国内旅行ブームもあって相当賑わったものの、上社再建以降は遥拝所の位置付けで、参拝者が激減したものと思われる。(ただし、神職の方々は大勢いる。)
今回は、旧県社、別表神社、秋葉神社の総本宮であることから参拝することに。参拝時は平日の午後で、公共交通機関では不便で、自家用車でも道が狭くて多少の困難を伴う場所であるにもかかわらず、自分以外にも常時数組の参拝者が訪れていた。
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