ごうどじ|曹洞宗|白道山
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楽しみ方神門寺のお参りの記録一覧
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『秩父札所第18番 白道山神門寺』
創建当時は神社であったと伝えられていて、社前に榊󠄀の巨木があり枝と枝とが絡み合って、あたかも楼門のようであったため「神門」と呼ばれていました。その後神社は衰退し社殿などはなくなってしまいました。
年を経て村人達が神社を再興しようと巫女に神託させると「観音の霊場を建てよ」とお告げがあり、修験道の神門山長生院を興し、今宮坊に属して栄えました。
当時は堂宇も整っていましたが寛政年間の火災ですべてを失い、現在の観音堂はその後に再建されたものになります。
国道沿いにあるのですが、気づかずに通りすぎてしまいました💦信号のない横断歩道が目印です。御朱印を待っている間、はじめて巡礼衣装の方をお見かけしてちょっと感動しました✨
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埼玉県 秩父市 下宮地町に境内を構える、神門寺、正式名称は 白道山 長生院 神門寺、 2024 に日本百観音 秩父札所三十四巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で 全国の寺社、霊場を参拝してますが、ここ秩父地方の方々の人柄の良さ 優しさ、歴史的建造物 食べ物 四季折々の景観 が素晴らしい地方でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 白道山、院号は 長生院、寺号は 神門寺、宗旨 宗派は 曹洞宗、ご本尊は聖観世音菩薩、秩父札所三十四観音霊場 第十八番札所、札所ご本尊は 千手観世音菩薩 日本百観音 の一つ、創建年代は不明である。江戸時代には、修験道の寺として、今宮坊に属した。
明治初期の神仏分離と修験禁止令により、修験道の当寺は打撃を受けた。そのため、改めて 曹洞宗の寺として再出発をすること今の観音堂は天保時代(1789年 - 1801年)の火災により焼失し、観音堂のみ再建されたと言われています。秩父札所18番の堂は宝形銅葺き、三間四面で周囲に縁勾欄をめぐらし、正面に三段の階をつけ、大唐破風の向拝を配した小さいながら風格のある堂です。寺伝によると、かつては神社であったが、後に荒廃した。そして神社を再興を願った村人達は神楽を奉奏しました。すると巫女に霊験があり、観音の霊地すなわち寺を建てよとのお告げがありました。村人達は聖観音を安置し、霊場を開いたのがその創始だといいます。本尊は聖観音立像で高さ3尺1寸(93.9cm)、両手に蓮華をもつ室町時代の作です。ここには、札所三十四ヶ寺の本尊を彫った版木があり昔はこれ配ったと云います



【秩父三十四所観音霊場巡り】(過去の参拝記録)
神門寺(ごうどじ)は、埼玉県秩父市宮地町にある曹洞宗の寺院。山号は白道山。本尊は聖観世音菩薩。秩父三十四所観音霊場第18番。
創建は不詳。寺伝によると、元は神社があって荒廃していたところ、村人が再建のため神楽を奉納したところ、巫女に霊感があって寺を建てるようお告げがあって聖観世音菩薩を安置したのが始まり。戦国時代に正覚が中興開山し、秩父の札所となっていたが、江戸時代中期の寛政年間(1789年~1800年)に火災で堂宇と古文書等のすべてを焼失した。本堂は江戸時代後期に再建されている。
当寺は、秩父鉄道・大野原駅の南方1kmの平地、幹線道路の国道140号線沿いの市街地にある。境内は広くはないが、そこに本堂やいくつもの小祠がぎっしり建っている感じ。その分、見て廻ることができる部分が多く、見応えがある。
今回は、秩父三十四所観音霊場札所ということで参拝することに。参拝時は休日の午後で、自分以外には普通の参拝者はいなかったが、本堂内で和尚さんの説話を聞いているご家族がいた。
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令和4年5月 / 秩父日帰り旅。
【札所十七番 / 定林寺】から約1.1キロメートル【札所十八番 / 神門寺】です。
ナビを見ながら大通り(国道140号)を歩いていたのですが、看板を見付け、もう少しだなーと思っていたらいきなり現れた感じでした。
車だったら通り過ぎたかもと言う感じです。
観音堂の裏には回廊があって、大日如来、千手菩薩、文殊菩薩、虚空蔵菩薩などの仏像があります。
また、ご本尊の聖観世音菩薩に繋がれたお手綱があり、
12年に一度の午年総開帳以外でもご本尊と繋がります。
次回の午年総開帳は令和8年。
4年後になります。
その時は可能な限り【江戸巡礼古道】で巡りたいなと思いました。
鍛えなきゃと思いつつ、まずは結願を目指します。
「ニコニコ地蔵尊」に癒されつつ、次は【龍石寺】へ向かいます。
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