やいづじんじゃ
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楽しみ方焼津神社のお参りの記録一覧
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藤枝に行く前に焼津へ寄り道。日本武尊が東征した際、敵が野に火を放ったが、倭姫命から授かった草薙剣で草を払い、火打ち石で火をつけ難を逃れ、「ヤキツ」と呼ばれるようになったという伝説が残っています。(諸説あり)主祭神に日本武尊 、配祀神に吉備武彦命・大伴武日連命・七束脛命を祀っています。配祀神の3柱は日本武尊の東征に従ってきたものです。広い境内で東側駐車場に停めて、改めて南鳥居に向かいます。隣接の公園の土俵では子供たちが本格的に相撲の稽古をしていました。焼津は相撲が盛んだったかな?と乏しい知識を頭からひねり出そうにも何も思い出せません。参道を左右散策しながら、ようやく拝殿到着。途中梅林奥の境内社は見落としてしまいました。大きな神社だけあって暑い日中にもかかわらず参拝者は数組いらっしゃいました。社務所は新しきコンクリート造りの近代的な建物になっています。中に入ると冷房が効いていて気持ちよい。宝物の中の一部でしょうか?脇差や出土した土器などが展示されています。御朱印をご丁寧に書き入れて頂きました。兼務社の御朱印もあるようですが、今回はこちらのみにしました。
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日本武尊の伝承が残る草薙神社をお参りして以来、ずっと気になっていた焼津神社にようやくお参りすることができました。
日本武尊が蝦夷討伐の折、逆賊に火を放たれてしまいましたが、おばの倭姫命より授かった剣で周辺の草を薙ぎ払って事無きを得たのが草薙神社の御由緒。
その後、倭姫命から授かった火打ち石で迎え火を点け、逆に敵を焼き尽くし、その場所を焼遺(やきづ)→焼津(やいず)と呼ぶようになったとか。
実際は、静岡市の草薙から焼津神社のある焼津市は、距離が25キロほど離れています。車で40分くらいでしょうか。
古事記や日本書紀でシンプルなストーリーにまとめられていますが、古い時代の大きな戦乱について書かれているのかな…と思いを馳せました。
それほど大きな神社ではありませんが、明るくひらけて、ほのぼのとした雰囲気です。お参りした日は七五三のお詣りのご家族もいらっしゃいました。
摂社末社や御神木などもあり、日本武尊の像もあり、訪れて楽しい神社です。


延喜式神名帳にある、焼津神社 (駿河国・益頭郡4座)に比定される式内社
【創建は、反正天皇4年(409年)】
焼津神社の御創建は反正天皇4年(西暦409年)と伝えられており、今から1,600年以上も前になります。
日本武尊の知恵と勇気と優しさを称え、焼津の守神としてお祀り(おまつり)をしたことが焼津神社のはじまりです。
神社を含む一帯では、宮之腰遺跡という1,600年程昔の遺跡が出土しており、古代祭祀の道具や人々が生活していた跡が発見されていることから、その時代からこの場所に神社があったことがわかります。
室町時代に今川氏が駿河の国を治めていた頃、この地域は「入江荘(いりえのしょう)」とも呼ばれ、焼津神社はその地名から「入江大明神」とも称されてきました。境内にある江戸時代の灯籠には「入江大明神廣前」の文字が彫られています。
今川氏や徳川家などの武家の信仰も厚く、また焼津地域の人々や命がけで漁に出て働いていた漁業関係者にとっての心の支えとして崇められ、現代までその信仰が受け継がれています。
(公式HP抜粋)
【御祭神】日本武尊
吉備武彦命、大伴武日連命、七束脛命(配祀)
【御神徳】
国土平穏、家内安全、生業繁盛、大漁祈願、海上安全、縁結びなど
御朱印は、授与所で直接書いていただきました。
🅿️駐車場有り
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