れんじょうじ|浄土真宗遣迎院派
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楽しみ方璉珹寺のお参りの記録一覧
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璉珹寺はならまちを南下した市立奈良病院の近くにあります。
ならまちを歩いていて 特別開帳のパンフレットをお見掛けしました。
奈良国立博物館で秘仏展をしているから特別開帳なのでしょうか。
「秘仏開扉 女人裸形 阿弥陀佛」と書かれています。
なに?佛様に男女があるのか?
仏様はてっきり男女の別ない中性だと思っていました。
こちらのご本尊は阿弥陀如来立像で 袴だけの白色裸形の秘仏だと書かれていました。
これは見ないわけにはいかない!
山門をくぐりますと きれいな花が咲いていました。
尋ねますと マツリカという花だそうです。
本堂前で受付をすませ ウキウキわくわくのご本尊拝顔。
写真撮影は禁止です。
HPに写真がありますので ぜひご覧ください。
HPより借稿します。
白色阿弥陀如来立像(県指定文化財)は木造白色の美しい裸形像で 立派な法衣を着装しています。
鎌倉時代の名作と言われています。
光明皇后をモデルとして製作されたといわれ めずらしい女身の裸形をあらわしています。
指と指の間には曼綱と呼ばれる膜があり この尊像に仮に礼拝し たわむれに南無阿弥陀仏を一称すれば 必ず救われるといわれています。
本尊は 50年に1度 お袴のお取替えを行うときに御開帳されていましたが 現在ではそれに因んで毎年5月に御開帳しています。
女性の仏様だと思って拝顔しているからか 実に柔和なお顔をされていて 慈愛に満ちているように見えました。
他にも 観世音菩薩立像(奈良時代)と勢至菩薩立像(室町時代)を拝顔することもできます。
毎年5月の開帳だと分かったので これは絶対におススメです。
ネット情報です。
山号は常光山
宗旨は天台宗
宗派は浄土真宗遣迎院派
ご本尊は女人裸形阿弥陀如来立像
創建年は奈良時代
開基は(伝)行基
ん?宗旨と宗派に違和感あり。
縁起では 天平年間に聖武天皇の勅願で行基により開基され 平安時代に紀有常により改めて伽藍を建立され再興されたと伝わっている。
また紀寺の跡ともいわれ 周辺から奈良時代前期の古瓦も出土している。
慶長7年(1602年) 徳川家康より肘塚村・法華寺村のうちに朱印地二十石を下賜され 江戸時代を通じて寺領としてきた。
過去帳などによると 最初は法相宗 中頃には浄土宗誓願寺末寺 享保9年(1725年)4月に天台宗に改宗し 京都養源院の末寺となったと伝わる。
『奈良坊目拙解』では「本名紀寺 在於東側南端 寺領廿石 浄土宗 先規誓願寺末寺 近世天台宗京大仏養源院末寺也」とあり 現高市郡明日香村に所在したと考えられる紀寺の別院としている。
現在は浄土真宗遣迎院派に属し 無檀家の寺である。
維新以後は衰微した時期もあったようであるが 現在は墓地も拡張され 境内も整備されている。
1964年(昭和39年) 戦死者慰霊のため 庭に大きな観音像が建立された。
本堂中央には本尊である白色裸形の阿弥陀如来立像が安置されている。
鎌倉時代の作。
裸形で 下半身には布製の袴を着せている。
秘仏であるが 毎年5月に開扉公開されている。
本尊右の脇壇には 脇侍である観音菩薩立像(平安時代作)と勢至菩薩立像(室町時代作)が安置されており いずれも国の重要文化財である。


崇道天皇社様から南へ少し歩くと璉珹寺様が見えてきます。
璉珹寺様は浄土真宗遣迎院派の御寺様です。
御本尊は阿弥陀如来をお祀りされているのですが、こちらの阿弥陀如来像は光明皇后がモデルとされていて、上半身が裸で下半身には袴を着けておられます。この袴は50年ごとに着け替えられ、その際は未婚の女性によって作業をされるそうです。
創建は天平年間で、聖武天皇の勅願で行基の開基です。
元は藤原京にあったものが移設されており、現在も残る紀寺という寺名で紀氏の氏寺でした。
鹿の侵入防止の為に門は閉まっていますが、お参りすることは可能なようです。
5月には御本尊の特別拝観もあり人気のある御寺様です。
境内が綺麗に整理されていて、とても気持ち良くお参りすることが出来ました(^-^)

南山城、奈良市寺巡りの4寺目は、東大寺の南に在る常光山 璉珹寺です。(れんじょうじ、スマホでは漢字変換できずコピペ)
浄土真宗遣迎院派、本尊は阿弥陀如来です。
この本尊が秘仏で、毎年5月の1ヶ月間開扉されます。以前は50年に1度の開扉で、開扉の度に袴の取り替えを行っています。
木造白色で女人裸形阿弥陀如来と呼ばれている珍しい仏像です。(県指定文化財)
伝えによれば、天平年間に聖武天皇の勅願により行基により開基、平安時代に貴族の紀氏により伽藍建立、町名である紀寺の跡と云われるが定かではない。宗派は何度も変わっている。
(浄土真宗遣迎院派は初めて耳にしました。浄土真宗は一般的に御朱印を授与しないですが、この寺は授与戴けます。)
本堂に入ると真ん中に先の阿弥陀如来、右側に観音菩薩、左側に勢至菩薩という阿弥陀三尊です。しかしながら、三仏は製作年代が違っており、観音菩薩が平安時代、阿弥陀如来が鎌倉時代、勢至菩薩が室町時代です。(両菩薩像は重文指定、室町時代の仏像の重文指定は珍しい。)
勢至菩薩は観音菩薩に倣って製作された仏像ですが見比べると確かに違います。観音菩薩はキリッとしたやや厳しい感じがしますが、勢至菩薩は少しあまい感じがしました。
目はやや寄り目で少し吊り上っています。説明員の方に「誰かに似ていると思いませんか?」と聞かれて「ダルビッシュに似ていますね。」と。「ひょっとしたら中東からの渡来系の人が製作したかもしれませんね。」とおっしゃっていました。
阿弥陀如来のお顔も一般的な如来とは違いますし、髪も螺髪ではなく清凉寺の釈迦如来に似た縄目状です。裸形も珍しく、新薬師寺のおたま地蔵しか観たことはありません。
尚、駐車場は西側の道路を隔てた所に2台停めれます。但し、西側の道路は南→北への一方通行で細いため、注意しないと通り過ぎてしまいます。


ご本尊は秘仏、裸の木造阿弥陀如来像。毎年5月の間のみご開帳されます。肌は白く塗られ、下半身には織物の袴を纏われています。布地の袴をまとわれた仏像はとてもとても珍しい。
袴は50年に一度はきかえられ、現在の袴の前にはいておられた袴も展示されており、間近に観ることができました。
この年は憑かれたように奈良に通い、歩き回っていました。
たまたま5月のある日にならまち界隈を歩き回っていて、こちらのご開帳の看板を見つけて立ち寄った…ような気がします。
こじんまりとしたお寺ですが、境内はとても美しく整えられ、お花が綺麗だったと記憶しています。
現在はどうかわかりませんが、お詣りした時は地元のボランティアガイドさんが色々なお寺におられ、案内をしてくれてました。
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