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こうざんじ|真言宗大覚寺派弘浪山

高山寺のお参りの記録一覧
兵庫県 石生駅

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きどっち
きどっち
2022年05月06日(金)1515投稿

真言宗大覚寺派別格本山 弘浪山 高山寺

「日本の絶景」として時々雑誌等にも取り上げられる古刹になります。
何が絶景かというと、山門から本堂まで続くまっすぐな参道には両脇に石灯籠が続き、そしてモミジがトンネルのようになっているんです。
ネット上でも秋に赤く色付いたモミジの参道写真が結構挙げられていますが、今回は青モミジ!
天気がとても良かった上に、お昼近くで太陽はほぼ真上。
そして参拝者は私一人。(私が帰る頃には何人か来られましたが)
絶好の撮影タイミングとなり、「朝早く起きて、丹波まで来た甲斐があった」と大満足でした。

しかも最初の山門の写真をよく見てもらうとわかるのですが、参道には二人ほど人が写っています。
この方達はお寺の関係者で、石灯籠をきれいにお掃除されていたのですが、私が山門をくぐって参道の写真を撮ろうとすると掃除道具を持って、鳥居の陰に隠れてくれたのです。
この心意気にもすごく感動し、掃除をされていた方にご挨拶すると笑顔で「こんにちは」と返してくださいました。
日本ってやっぱりいいなと思ってしまいますね。

高山寺は、天平宝字5年(761年)、法道仙人が弘浪山頂にて十一面観世音菩薩を感得し、堂宇を建立したのが開基とされるそうです。
その後兵火により焼失したそうですが、源頼朝の命を受けた東大寺住職俊乗坊重源によって中興されます。
一時は11の末寺を構えて、後鳥羽天皇勅願所ともなっていたそうですが、その後戦国時代になると高山寺は寺院城郭とされ、織田信長の命により明智光秀が丹波平定を目指してこの地で戦いが起き、戦乱に巻き込まれて再び荒廃してしまったようです。
そして慶長5年(1600年)、開長上人によって再興されたとのこと。

昭和33年に弘浪山頂から現在地・常楽に、本堂、山門、庫裏を移築されたそうです。

御朱印は寺務所にて書置きをいただきました。
もしかしたら直書きしていただけたのかもしれませんが、掃除等でお忙しそうにされていたので手を煩わせては申し訳なくて。

今回、600投稿目にあたり、こんなに素敵なお寺にお参りできたのも何かのご縁でしょうか。
ぜひ次は紅葉の季節にお参りしてみたいと思います。

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ハナナチエ
ハナナチエ
2021年11月03日(水)2214投稿

源頼朝が御本尊と夢枕で復興の約束で建てられた「高山寺」

兵庫r109沿いに大きな看板あり。車のナビを使うとなぜか全然見当違いの山奥の方に案内された。
仁王門前に無料駐車場あり。

朱色の仁王門の前に石標。
仁王門をくぐって正面にまーすぐ石灯籠が並び紅葉の参道。紅葉シーズンはかなり良さそう。
門すぐ左手に安全堂。裏山の安全山にちなんで名付けられお不動さんを祀っている。参道右手には鐘楼。
参道をずっと進むと正面本堂。本堂左側を進むと寺務所。御朱印は書き置きが置いてあったが、お寺の人がいたら書いてくれるよう。

頼朝が伊豆に流され、源氏復権を願い三島明神に毎日お参りに行っていた帰り、夢の中で不思議な翁に出会う。翁は「汝はいずれ将軍になって天下を収めることを約束する。その時は我が住む丹波国の高山寺を復興するようお願いする」と告げて立ち去った。夢から覚めた頼朝は喜んだ。
その後天下を収めた頼朝だったが、その約束をすっっかり忘れていた。ある夜、再び頼朝の夢枕に翁が現れ「早復興せよ」と言われた。今度は俊乗房重源上人と北条時政の夢枕にも現れ「頼朝の高山寺復興を協力しろ」という念の入れよう。3人はその夢枕の内容を話し合い高山寺を無事復興したのでした。夢枕に現れていた翁は御本尊の十一面観音菩薩でしたとさ。

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