東近江市で神社巡りに行ってきました。
人皇45代聖武天皇の天平年中に僧行基が勧請したと伝わります。元亀天正の兵火に罹り社殿など烏有に帰し、その後長く仮殿に祀られたままになっていたのを種村城主伊豆守源高成の末葉当村住の種村彦兵衛源成政が恐懼し、30有余年の間、社殿再建費の蓄積に努めるも至らず享保4年病死します。嫡子種村猪左衛門源高興と二男種村仙右衛門源武雅の二人が亡父の志を継ぎ遂に享保7年12月建立しました。明治28年、村中で大火があり類焼しました。同33年10月に再建したものが今の社殿です。当社は武家の崇高が厚く社紋の「丸に2つ引」は足利将軍家より奉られたものと言います。