ささむたじんじゃ
西寒多神社大分県 大分大学前駅
社務所:09:00〜17:00
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楽しみ方
豊後国一ノ宮
御祭神 西寒多大神
(月読尊 天照皇大御神 天忍穂耳命)
寒田川を渡る石橋単アーチ橋
神橋の万年橋を渡りお詣り🙏
この橋は横からの写真も撮っておくべきでした😭
鬼伝説がある神社さん
鬼の歯形岩がありました👹
(案内板より)
その昔、霊山には恐しい鬼が住んでいました。鬼たちは麓に降りてきては村人に悪さばかりしていました。ある時、天照大御神を祀る巫女の親子が本宮山にやって来て、毎日お祭りをしていました。霊山に住む鬼たちにとって、祭りの音は嫌な音でした。
鬼は親子を取って食おうとしましたが、母親が霊山から本宮山まで、一晩で橋をかけられたら食べられましょうと無理難題の約束をさせました。ところが鬼たちは、一晩で橋を完成させかけたため、あわてた親子は手ミイを叩き、鶏の鳴きまねをしました。すると鬼たちは朝が来たと思い残念がって歯で石を噛み投げました。そして鬼たちは霊山から居なくなってしまいました。この歯型石は、その時の石とされています。
観音堂 厳島神社等があり
爽やかな気分になりました😍

社殿によると、神功皇后が三韓に兵を進めて帰陣の際、本宮山に行幸し、四方の国々をご覧になり、そこに一本の白旗を御建てになり御帰りになられた。残された白旗を人々が敬い瑞垣を結び聖地として崇められるようになったとされる。やがて、応神天皇の御代になり、武内宿禰に勅を奉じになられ、応神天皇九年宮殿の建立に当たった。これが西寒田神社の始まりとされる。
さらに、藤原鎌足が百済救済のため豊前の国仲津郡まで来た際、霊夢のお告げにより西寒田神社に参拝し、老朽化した社殿を修築、太刀一振りと八幡舞面を奉納している。869年(貞観11年には朝廷より神階「従五位下」が授けられ『延喜式神名帳』で豊後の国唯一の式内大社とされた。
以後、大友家歴代からの尊崇を集めた。特に大友家第十代大友親世は社殿を現在の地へ遷座を行うなど崇敬を熱くしていたとされている。江戸時代になると「豊後国一宮」として称されるようになり、1871年(明治4年)には、「国幣中社」に列格。その後、社格制度の廃止に伴い「別表神社」として氏子・崇敬者の尊崇を受けている。
| 住所 | 大分県大分市寒田1644 |
|---|---|
| 行き方 | JR肥後本線「大分大学前駅」下車 徒歩30分
|
| 名称 | 西寒多神社 |
|---|---|
| 読み方 | ささむたじんじゃ |
| 参拝時間 | 社務所:09:00〜17:00 |
| 参拝にかかる時間 | 15分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | あり |
| 御朱印 | あり 4月下旬から5月下旬頃にかけて、「藤の花」の印が押されたカラフルな御朱印をいただけます。 |
| 限定御朱印 | あり |
| 御朱印帳に直書き | あり |
| 御朱印の郵送対応 | なし |
| 御朱印帳 | あり |
| 電話番号 | 097-569-4182 お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| ホームページ | https://sasamuta.com/ |
| ご祭神 | 《主祭神》 西寒多大神 《配祀神》 月読大神 伊弉諾大神 伊弉冊大神 大直日大神 神直日大神 八意思兼大神 大歳大神 倉稲魂大神 軻遇突智大神 |
|---|---|
| ご神体 | 本宮山(西寒多山) |
| 創建時代 | 応神天皇九年 |
| 創始者 | 武内宿禰 |
| 本殿 | 流造 |
| ご由緒 | 社殿によると、神功皇后が三韓に兵を進めて帰陣の際、本宮山に行幸し、四方の国々をご覧になり、そこに一本の白旗を御建てになり御帰りになられた。残された白旗を人々が敬い瑞垣を結び聖地として崇められるようになったとされる。やがて、応神天皇の御代になり、武内宿禰に勅を奉じになられ、応神天皇九年宮殿の建立に当たった。これが西寒田神社の始まりとされる。
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| ご利益 | |
| 体験 | |
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