御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

くるまざきじんじゃ

車折神社のお参りの記録一覧
京都府 車折神社駅

1 / 7ページ1〜25件173件中
ぽぐ
ぽぐ
2025年12月14日(日)45投稿

初めて参拝させていただきました。

駐車場は、駅側とは反対の入口にあたる鳥居を入って右側にありました。

ご祭神は、清原頼業です。

【以下HPより引用】
清原頼業は平安時代後期の儒学者で、天武天皇の皇子である舎人親王の御子孫にあたり、一族の中には三十六歌仙の一人である清原元輔、その娘、清少納言らの名も見られます。
頼業公は大外記の職を24年間も任め、和漢の学識と実務の手腕は当代無比といわれ、晩年には九条兼実から政治の諮問にあずかり、兼実から「その才、神というべく尊ぶべし」と称えられた程です。

頼業公は平安時代末期の1189年(文治5年)に逝去され、清原家の領地であった現在の社地に葬られ、廟が設けられました。やがて頼業公の法名「宝寿院殿」に因み、「宝寿院」という寺が営まれました。この寺は室町時代に至り、足利尊氏によって嵐山に天龍寺が創建されると、その末寺となりました。
また、頼業公は生前、殊に桜を愛でられたのでその廟には多くの桜が植えられ、建立当初より「桜の宮」と呼ばれていましたが、後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に御遊幸の砌、この社前において牛車の轅(ながえ)が折れたので、「車折大明神」の御神号を賜り、「正一位」を贈られました。これ以後、当社を「車折神社」と称することになりました。

ー ー ー ー ー ー ー ー ー 

芸能・芸術の守護神ということで、アーティストのパワースポットとして有名な神社です。そのため、沢山の芸能人が足を運んでいます。

鳥居の前に立ったときから、芸能人たちが神社に奉納した玉垣の朱色が美しく映えていました。

境内は沢山の参拝者で溢れており、玉垣にある名前を見て興奮する人ばかりでした。

私も、甥っ子のことやチームのことをお願いさせていただきました。

そして、おみくじを引くとまさかの凶!
12分の3を引いてしまいました・・・。

お守りと御朱印もいただきました。

もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ