くまのじんじゃ(ながいくまのじんじゃ)
熊野神社(長井熊野神社)神奈川県 三崎口駅
参拝は、いつでも可能です。
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楽しみ方
海沿いを走り、マリーナに停泊するクルーザーやヨットを眺めながら進むと海に面した高台に鎮座していました。駐車場らしき場所は柵が閉鎖されており、来るものを拒むようです。源義経の家臣・鈴木三郎重家の長男・家長が故郷和歌山の熊野権現を勧請したもので。この鈴木家は熊野水軍の将で代々源氏に仕えていた家す。父重家は義経と最後を共にした武将ですが、当の家長は記録にはなく実在していたのだろうか?普段は無人の神社ですが、漁業関係者の方から厚い信仰を受けているようです。事前情報だと拝殿前に書置きの御朱印が用意されているはずでしたが、何もない!本務社はここ三浦半島から遠く離れた横浜青葉区の神鳥前川神社の兼務社のようです。普段はおそらく氏子さんたちが管理されているのでしょう。機会が在ったら本務社で伺うことにします。
境内社鳥居
境内社 弁財天
社号標
鳥居
燈籠
石段
天保四年(1833)奉納の狛犬 昔ヤクルトのCMにも登場したことがあるらしい
手水舎
手水鉢
明治二十六年(1893)奉納の燈籠
市指定民俗文化財「長井町飴屋踊り」説明板
拝殿
扁額
御神木
境内からの眺望 天気は良かったものの江の島や富士山は見えませんでした
境内社 日本橋の商家の寄進のようです
波切不動尊
裏参道鳥居
創建は建久年間(1190-1199)源義経の家臣
である鈴木三郎重家の子家長が紀州熊野権現を勧請したとも、
熊野三郎という人物が勧請したともいわれているそうです。
重家ら鈴木氏は紀州熊野を拠点とした一族で、
戦国時代に勢力を伸ばした雑賀衆(さいかしゅう)は
こちらの分家にあたるとされています。
しかし家長はこの地に移住し、
父の菩提を弔うために
長慶寺(浄土宗/三浦観音第三十一番札所)を建立し
故郷を偲んで熊野神社を勧請したそうです。












| 名称 | 熊野神社(長井熊野神社) |
|---|---|
| 読み方 | くまのじんじゃ(ながいくまのじんじゃ) |
| 通称 | 権現様(ごんげんさま) |
| 参拝時間 | 参拝は、いつでも可能です。 |
| 参拝にかかる時間 | 15分 |
| 参拝料 | なし |
| トイレ | なし |
| 御朱印 | あり |
| 限定御朱印 | なし |
| 電話番号 | 熊野神社社務所 046-856-0445 < 管理元:神鳥前川神社 (しとどまえかわじんじゃ)横浜市青葉区 045-983-0707 > お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。 |
| SNS |
| ご祭神 | 御祭神: 天照大神 ( あまてらすおおみかみ ) 伊邪那岐尊 ( いざなぎのみこと ) 伊邪那美尊 ( いざなみのみこと ) 建御名方命 ( たけみなかたのみこと ) 木花咲耶姫命 ( このはなさくやひめのみこと ) 日本武尊 ( やまとたけるのみこと ) 大日霊貴尊 ( おおひるめむちのみこと ) 面足尊 ( おもだるのみこと ) 惶根尊 ( かしこねのみこと ) |
|---|---|
| 創建時代 | 建久年間(1190-1199) |
| 創始者 | 諸説あるが、鈴木家長が勧進。源義経の家臣、鈴木三郎重家の子。(熊野三郎が勧請との説もあり) |
| ご由緒 | 創建は建久年間(1190-1199)源義経の家臣
|
| ご利益 | 交通安全家内安全 |
| 体験 | 御朱印武将・サムライ伝説 |
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