しょうふくじ
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楽しみ方勝福寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年01月21日(水) 06時08分27秒
参拝:2024年8月吉日
神奈川県 小田原市 飯泉 に境内を構える、飯泉山 勝福寺、坂東三十三観音霊場 日本百観音巡礼にて参拝致しました、当方は 道の駅 全国制覇者で、全国の寺社、霊場を巡礼してます、寺院対応は 観光でも参拝者が多く手慣れていて 親切丁寧で 有り難い寺院様でした、どの様な寺院か引用を用いて調べて見ました、山号は 飯泉山、寺号は 勝福寺、宗旨 宗派は 真言宗 東寺派、ご本尊は 十一面観世音菩薩、坂東三十三観音霊場 第五番札所 飯泉観音 日本百観音の一つ、 『坂東三十三所観音霊場記』によると、奈良時代孝謙上皇の信頼を得たが、本尊の十一面観音は、三国伝来の(インドから中国を経由して日本に伝わった)仏像で、天平勝宝3年(751)に唐の楊州(揚州)大明寺の僧・鑑和将(鑑真和尚)が日本に来て孝謙天皇に献上し、天皇が弓削道鏡(宝亀3年・772没)に下賜したもの。宝亀元年(770)に道鏡が流罪となって下野国薬師寺に左遷されることとなった、下野国へ向かう途中、千代を通りがかったときに、縁起のいい土地だとしてここに堂宇を立てて安置した。その後、平安時代の830年(天長7年)飯泉に移したとされ、室町時代に現在の勝福寺と号するようになり、千代にあった頃は、「補陀落山」と号していたという、後北条氏の帰依を得た。なお、この寺には曾我兄弟(曾我祐成・時致)が仇討ちの際に日参して成就したことや、二宮尊徳が14歳の時、旅僧の訓読する観音経を聞いて発心したという伝説が残されている。『風土記稿』によると、千代の大乗院の隣地に飯泉観音の堂蹟があって、周辺の字名に痕跡が残っていた、また走湯山文書に「暦応四年(1341)十二月、走湯山領千葉郷内観音免」とみえ、千葉郷は千代にあたることから、天長に移転したとの寺伝は疑わしく、この頃までは千代にあったと推測されている、永延2年(988)に坂東札所に定められたという
すてき
みんなのコメント(2件)
てけてけjapan-welderさん
おはようございます🤗
500回投稿おめでとうございます🎉🎊
参拝での良い出会いと道中の安全をお祈り申し上げます🙏
本年も宜しくお願いします🙇♂️
2026年01月21日(水) 09時41分08秒
こちらこそ、よろしくお願い申し上げます、
2026年01月21日(水) 11時32分58秒
投稿者のプロフィール

japan-wel…554投稿
宮城県 石巻市に在住、元々出張で日本各地を訪れる機会が在り思い出作りに道の駅スタンプラリーにも参加、気がつけば全国制覇者2022年第184号、今は休日 旅行で全国各地の食べ物、景色、温泉を探索、...もっと読む
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