日蓮宗 総本山 塔頭 定林坊(じょうりんぼう)の日常(182回目)|山梨県塩之沢駅
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投稿日:2023年04月04日(火)
こんばんは!定林坊副住職のもっちーです‼️
みなさんは、お元気でしょうか?
今回は、身延山に来たら、一度は行ってほしい超絶オススメ参拝スポット「祖廟」をご紹介します!
川のせせらぎや緑深い山々、鳥たちの声の聞こえる「祖廟」を歩いてみますと、
五感全体が清められ、心がすっかり洗われる感じがします。←行った方ならわかるはず!
身延山という土地は、日蓮上人が約9年間、8年4ヶ月 約3000日のご生活をなさった場所になります。
文永11年(1274年)、5月17日にこの身延に入られて、約1ヶ月後の6月17日に、3面4間の草庵を結ばれて9ヶ年間お過ごしになられました。
到着されて、まもなくのお手紙の中では、
「山や川に囲まれた場所にやってきた。非常に美しい場所だけれども、明日には自分はどこにいくかわかりませんよ」と
とお話しなされて、身延山に長く留まるかはわかりませんでした、、
しかし、身延山でご生活なされるうちに、非常にこのお山を愛されるようになって、この身延山での門弟の育成、様々な著述の執筆、大曼陀羅ご本尊の揮毫などに注力されました。
特に身延に入られるまでの日蓮聖人のご生活は、島流しあわれたり、首を斬られそうになられたりと、非常に波乱に満ちたご生活でされていました。
この身延山でのご生活というのは、現代であってもかなり山深い場所ですが、750年前の鎌倉時代であれば、本当に道なき道をわけいって入るという山の中であったと想像できます。
しかし、身延に入る前の波乱の生活とは違って、心落ち着いてご自身の信仰と法華経に向き合える。そんなお時間であったのかとおもいます。
そういったところで、聖人は最後亡くなられるときに、ご遺言を残されまして
「いずくにて死に候うとも墓をば身延のさわへ」
訳「たとえ、自分がどこで亡くなろうとも、必ずお墓は身延に建ててくれよ」
と弟子、信徒 の方にご遺言されまして、そのご遺言のとおりに、身延のお山にお墓をつくられて、現在に至っています。
その後、弟子や信徒が増えるに連れお堂が手狭になったことから、現在の身延山久遠寺の場所に、お堂を移しましたが、
それまではここ、祖廟がある場所に身延山久遠寺があったそうです。
聖人が身延山に入られて、今年でちょうど「750年」。
様々な変遷や困難がありましたが、今でも随所に聖人の魂が息づく身延山。
聖人が愛され、心静かに過ごされた身延山。
ぜひ、実際にきて見て、感じてみてください。
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