いちみやあさまじんじゃ
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甲斐・諏訪神社巡り⑪甲府市を出て笛吹川沿いを下り市川三郷町へ。初めて足を踏み入れる地です。何か隠れ里に来た気分です。こちらは甲斐の国の一宮とも市川三郷町の一宮ともいわれています。立派な両部鳥居が目に入り、脇を上がって境内脇に上がると2~3台分くらいの駐車スペースがあります。果たして駐車場なのかは判りません。車を停めて、改めて鳥居まで戻りました。時刻は平日の午後3時過ぎ、誰も参拝者はいません。立派な参道、石段、数多くの燈籠、やたらと赤みがかかった石の灯籠が気になります。この辺が産地なのでしょうか?又奉納者や奉納年がしっかりとした大きな文字で刻まれています。朱の随神門をくぐり抜け、こちらも派手な朱の拝殿。社務所は無く、色々尋ねたいことがあったのですが、帰宅調べてもまだもやもや感が抜けません。拝殿前に味のある書置きの御朱印が用意されており、有難く戴いてきました。尚、所管社は若宮八幡神社(山梨県南巨摩郡身延町西嶋1534)で、そちらでも御朱印を戴けらしい。
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【甲斐國 式内社巡り】
一宮淺間神社(いちみや・あさま~)は、山梨県西八代郡市川三郷町高田にある神社。式内論社(名神大)で、甲斐國一之宮論社。旧社格は村社。祭神は木花咲耶姫命で、瓊瓊杵尊、産火火出見尊、事解男命を合祀。当社所蔵の対置式神獣鏡一面は考古資料として、国指定の重要文化財。
創建は不詳。社伝によると、景行天皇の御代の創建。平安時代の865年に神官を立てて官社になった。『日本三代実録』によると、864年に富士山の大噴火があり、これを駿河国浅間神社の神職の怠慢であるとして、富士山北側の甲斐国でも浅間神を祀るべしとして八代郡に浅間明神の祠を建て官社としている。その後924年に現在地に遷座したとされる。927年に編纂された『延喜式神名帳』に記載のある「甲斐國 八代郡 浅間神社 名神大」に比定されている。なお、当社は甲斐國一之宮であるとする説もあるが、ごく近くに二之宮・弓削神社があることから、当社は甲斐國一之宮ではなく市川郷一之宮であるという説が有力。江戸時代に入ると、1649年に徳川家光から朱印地1石6斗が安堵された。
当社は、JR身延線・市川大門駅の南西400mの小さな丘の上にある。小丘全体が境内で広々としているため、旧社格の村社には違和感があり、サイズ的には大きめの郷社、小さめの県社といったところ。大きめの真っ赤な社殿と、社殿周りは随神門、境内社、御神木の巨木などがあり、俗世間と隔絶した神聖な空気が漂っている。
今回は、甲斐國の式内社ということで参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分たち以外に特に参拝者はいなかった。
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