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冨士御室浅間神社
富士山を背に本宮、里宮は河口湖を背に建てられ、また、里宮と大鳥居を線で結ぶと、その先には富士山が望むことができます。本宮は699年に藤原義忠が富士山2合目に奉斉したもの。その後、噴火による炎上や自然環境の厳しさから腐朽が激しく、その度に皇室や有力な武将から再興されてきました。1974年に保存のために里宮であるこの地に遷祀され、国指定の重要文化財となっています。本宮のあった富士山2合目には石の祠を建立、現在も年に1回祭事が執り行われています。祭神は木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)。武田三代の祈願所として信玄公自筆の安産祈願文や信虎、勝頼の古文書、信玄公自刻の座像、武田不動明王が奉納、山梨の中世の歴史の記された勝山記も保管されています。
富士山の北麓に位置する冨士御室浅間神社は、本来の神社境内が存在する本宮(もとみや) 及び移築後の社殿が現存する里宮(さとみや) の2箇所から成ります。
修験及び登拝等の富士山信仰の拠点としての意義を持つ吉田口登山道二合目の本宮の境内、及び後に本宮から河口湖畔の産土神の居処へと本殿が移築された現在の里宮の境内は、ともに冨士御室浅間神社の境内として一体の価値を構成しています。

この日訪れた中で一番良かったです😊
冨士御室浅間神社は、文武天皇3年(699)に藤原義忠によって霊山富士二合目に奉斉されたと伝えられる富士山最古の社です。社名の「御室」は、かつて祭祀を石柱をめぐらせた中で執り行っていたことによるものです。
その後、和銅1年(708)に祭場の形を造り、養老4年(720)に雨屋を建立。大同2年(807)には坂上田村麿が蝦夷征伐の御礼として社殿を創建します。
その後、富士山噴火のための数次にわたる炎上と、自然条件厳しい場所のための不朽激しく、そのつど皇室及び、武田家をはじめとした有力な武将等により再興が重ねられてきました。
天徳2年(958)には、河口湖南岸に里宮を創建。中世には修験道、近世には富士講と結びつき発展しました。中世には修験道、近世には富士講と結びついて発展しました。特に戦国時代には甲斐武田家三代に渡り崇敬を受け、武田信玄公直筆の安産祈願文を始め、多数の古文書が今も保管されています。
表参道から左手に鎮座するのが昭和49年に富士山2合目の本宮から遷祀された本宮の本殿で、富士山を遥拝できるように北面で鎮座しています。表参道の正面に鎮座しているのが里宮の社殿です。
本殿は、慶長17年(1612)に徳川家の臣で当時当地方の領主であった鳥居成次が造営したものです。その後4回の大改修を経たものを、永久保存のため昭和49年に現在地へ 遷祀したものです。構造は、一間社入母屋造り、向拝唐破風造り、屋根は檜皮葺形銅板葺き。桃山時代の特徴を持った国重要文化財です。
里宮は、村上天皇が崇敬者の礼拝儀祭の便を図るため建立したものです。以来武田家、小山田家、徳川家からあつい信仰や手厚い庇護を受け、明治22年に再建されたものです。
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