御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

あらくらふじせんげんじんじゃ

新倉富士浅間神社のお参りの記録一覧
山梨県 下吉田駅

5 / 9ページ101〜125件217件中
名無し猫ᓚᘏᗢ
名無し猫ᓚᘏᗢ
2022年04月08日(金)919投稿
四季
四季
2022年04月11日(月)560投稿

三國第一山新倉富士浅間神社

~🌸🌿新倉富士浅間神社🌿🌸
🐯木花咲耶姫命🌸令和4年最強天赦日限定御朱印🐯

のぶさん&奥様よりの贈り物✨🎁✨~

主祭神 木花咲耶姫命
    大山祗命
    瓊瓊杵尊
創建  慶雲三年(705年)

御由緒
人皇第四二代文武天皇の慶雲三年(705)九月九日、甲斐国八代郡荒倉郷へ富士北口郷の氏神として祀る。
第五十一代平城天皇大同二年(807)富士山の大噴火があり八月二二日当社に朝廷からの勅使が参向せられ国土安泰富士山鎮火祭を執行し、その時平城天皇より三国第一山の称号並天皇の御親筆であり現在大鳥居にある勅額、金幣、破魔宝面(勅使面)を奉納せらる。
下吉田駅北方新倉山中腹に鎮座し、神域は新倉富士浅間公園として内外より親しまれ、赤い大鳥居と戦没者慰霊の五重塔「忠霊塔」は当地のシンボルとして眺望は随一である。

人皇第四十二代文武天皇の御代慶雲三年(西暦七〇五年)九月九日、甲斐国八代郡荒倉郷の氏神として祀られます。
第五十一代平城天皇の御代大同二年(西暦八〇七年)富士山の大噴火があり八月二十二日当社に朝廷からの勅使が参向せられ、国土安泰富士山鎮火祭を執行し、その時、平城天皇より三國第一山の称号並びに天皇の御親筆なる大鳥居勅額・金幣・破魔宝面(勅使面)を奉納されました。

平城天皇よりの大鳥居勅額の「三國第一山」の額字は「勅筆」と伝承されてきたと享保15年(1730)「新倉村 高反別指出明細帳」に記されています。

また破魔宝面は現在、富士吉田市の郷土資料館に展示されています。

武田信玄の父・信虎公
戦国時代には武田信虎公が、北条氏との戦いの際に、新倉山に陣を取ったとあります。 その際に当社に戦勝祈願し、勝利したため、刀を奉納したと伝えられています。
武田信虎公は歴史上の人物として有名な武田信玄の父上。 信虎公は家臣とともに身延山「久遠寺」(日蓮宗総本山 南巨摩郡身延町身延3567)へ参詣し、その後に富士山への登山を行っていたり、富士山頂を一周する「御鉢廻り」を行っている人物でもあり、宗教的示威行為の側面もありますが、浅間信仰への崇敬が篤かったようです。
以後、八代郡荒倉郷(現在の新倉)の鎮守として崇敬を集めています。 当社の近くには同じ新倉に「小室浅間神社」も鎮座されています。

山梨県富士吉田市浅間2―4―1

もっと読む

山梨県のおすすめ🎌

広告
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ