こうざんじ|曹洞宗
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曹洞宗 金山 功山寺
中国三十三観音霊場 第19番札所
山陽花の寺 第9番
紅葉の名所としても有名な功山寺。
参拝したのはまだ11月初旬だったため、まったく紅葉していませんでした。
もしかしたら今が見頃かもしれません。
長府藩主の毛利家墓所であり、また高杉晋作が挙兵した寺としても有名です。
とても重厚感のある仏殿は国宝に指定されています。
この日は「城下町長府時代祭り」として、「時代大行列」が行われ、忌宮神社を出陣し功山寺まで行列が行われ、イベントが行われるとのことでした。
見てみたいとも思ったのですが、行列が来ると動けなくなりそうでその前に功山寺をあとにしました。
ただこの後、忌宮神社に参拝するとちょうど功山寺に向けて出陣するところに立ち会え、とてもラッキーでした。
<御本尊>
千手観音菩薩像
<歴史>~功山寺HPより抜粋~
嘉歴2年(1327年)に虚庵玄寂禅師を開山として創建され、臨済宗長福寺と号した。
建武元年(1334年)に足利尊氏より小月の地を寺領として、寄進する書を受く
弘治3年(1557年)大内義長、毛利元就に襲われ自刃
慶長7年(1602年)初代長府藩主の毛利秀元が荒廃した長福寺を修復
慶安3年(1650年)毛利秀元死亡 法号「智門寺殿功山玄誉大居士」以後世々毛利家の香華寺となり、功山寺と改称
元治元年(1864年)12月15日高杉晋作回天の挙兵


【長門國 古刹巡り】
功山寺(こうざんじ)は、山口県下関市長府川端にある曹洞宗の寺院。山号は金山(きんざん)。本尊は千手観世音。長府毛利家の菩提寺。鎌倉時代建立の仏殿は国宝。中国観音霊場第19番札所。
寺伝によると、鎌倉時代末期の1327年に虚庵玄寂を開山として臨済宗の長福寺として創建された。開基は北条時仲と推定されている。なお、仏殿の建立は創建年より早い1320年とされる。1333年に後醍醐天皇の勅願寺となり、1336年には足利尊氏から寺領の寄進を受けるなど朝野の尊崇を受け繁栄した。
室町時代には領主・大内氏の庇護を受け、1476年には大内政弘によって復興されたが、1557年に周防大内氏最後の当主・大内義長が境内で自害したのち一時衰退する。1602年に長府藩主・毛利秀元が金岡用兼を招聘し、曹洞宗の笑山寺として再興した。秀元の死後、1650年に功山寺と改名された。
幕末の1863年、七卿落ちで京を逃れた7人の公卿のうち5人が当寺に滞在。1865年には長州藩士・高杉晋作が当寺で挙兵している(功山寺挙兵:回天義挙)。
当寺は、JR山陽本線・長府駅の南西3kmあまりの小山の東麓にある。入口から軽く登る境内は広く、伽藍としては山門、本堂、そして国宝の仏殿がある。仏殿の奥に長府藩毛利家などの墓所があるが、墓所を除くと見て廻るエリアはさほど広くはない。やはりなんといっても見どころは国宝の仏殿。落ち着いた暗い色合いの躯体と、美しい屋根の反りが良い。
今回は、仏殿が国宝であることから参拝することに。参拝時は休日の午前中で、自分以外にも夫婦や家族連れなどの参拝者が訪れていた。
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