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みょうおういん|高野山真言宗高野山

明王院のお参りの記録一覧
和歌山県 高野山駅

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2026年06月06日(土)3567投稿

壇上伽藍の北側エリアを散策しました。
こちらにも宿坊がいくつもありました。
基本的に宿坊は宿泊者のみの拝観ですので 一般の方の拝観はできません。
高野山には宿坊が全部で52あります。
ガイドブックでは明王院は宿坊14番のお寺です。
壇上伽藍の根本大塔の北側 龍光院の奥にあります。
大きな看板に 近畿三十六不動尊三十五番赤不動尊と書かれていたので 札所にもなっているようです。
国宝赤不動明王と書かれた石柱もあり これは興味津々ですね。
ただ宿坊ですので 拝顔はできないでしょうけれど。
看板の場所から山門までは少し歩きます。(龍光院の裏手まで)
山門には提灯が下げられていて風格を感じます。
こちらも馬桶と杉が用意されていました。
おさらいですが 昔は儀式の際に高貴な方が馬で参拝されることが多かったため 馬用の飲み水と食べ物ということで馬桶と杉がおかれるならわしになっていたそうです。
部分の名称を知らないのですが 山門の手前の左右に彫刻がありました。
鳥居にしろ山門にしろ 部分の名称をしっかり勉強せなあきませんな。
境内は奥に長くのびていました。
山門すぐに手水があったのですが これが水盤ではなく釜。
むか~しむかし 学校の給食室で見たような大きさのものでした。(しらんけど)
境内を奥へ奥へと進むと 中庭横を通って本堂まで行けました。
ありがたく本堂前で合掌することができました。
その時 「こんにちは」 と声をかけてくださる方がいらっしゃいました。
これはありがたい。
御朱印をお願いしてみましたら 快く応対してくださいました。
赤不動明王のことについてもお話してくださいました。
さすが札所ですね。
授与品の中に ちょっと懐かしいものを見つけました。
ひょうたんの形をしているのは初めて見ましたが 覗いたら中に赤不動が見える代物です。
今でもこのようなものがないわけではないですが 最近あまり見かけなくなりましたね。
赤不動明王尊の御姿を見るために購入しました。

ネット情報です。
宗派は高野山真言宗
寺格は別格本山
ご本尊は赤不動明王(重要文化財)
創建年は弘仁7年(816年)
開山は空海
中興は如法
札所は近畿三十六不動尊霊場第35番
あれれ?赤不動明王尊は国宝じゃないのか。
寺伝によれば 弘仁7年(816年)に空海が高野山を開くにあたり 自ら刻んだ五大明王を安置し開創したという。
高野山にある寺院の中でも最も初期に創建された寺院である。
本尊赤不動明王は 空海の甥で天台宗の僧である円珍(智証大師)が 修行中に感得した不動明王の姿を画いたものであるとも伝わる。
その際に 円珍は自らの頭を岩に打ち付けて流れ出た血を岩絵の具に混ぜたのだという。
と伝わっているが 実際は鎌倉時代の作と推定される。
本尊赤不動明王は 後醍醐帝の守り本尊であり 京から吉野迄の御篭の道中を共にされました。
その後高野山に伝えられ 当院に安置される事となりました。
安時代末期には衰微していたが 如法によって再興された。
本堂の内陣は左右に分かれており 向かって右には本尊「赤不動」 脇仏弘法大師像で 左には後醍醐天皇画像。
左の内陣は不動明王立像による護摩壇になっている

明王院(和歌山県)

近畿三十六不動尊 三十五番赤不動尊 札所です

明王院(和歌山県)

寺号の石柱

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sasaki3
sasaki3
2024年08月13日(火)3368投稿

高野山明王院 近畿三十六不動尊

明王院の御朱印

高野山明王院 近畿三十六不動尊

明王院(和歌山県)

高野山明王院 近畿三十六不動尊

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Gauche Ingalls
Gauche Ingalls
2023年12月25日(月)730投稿

#明王院

ご本尊は赤不動明王。

#赤不動明王

ここ明王院の赤不動明王は日本三不動の1体。残る2体は、青蓮院(京都市東山区)将軍塚青龍殿の青不動明王、園城寺(滋賀県大津市)の黄不動尊だ。全員、仏画で、秘仏だが複製ならばいつでも見られる。

ということで複製だけは間近で拝むことができたのだが、往年の「テレビまんが」を連想させる牧歌的な雰囲気だった。怖い・恐ろしいといった印象は皆無で、たいへん失礼ながら表情もどことなく抜けているように思う。セイタカ童子に至っては、鬼太郎の仲間にしか見えぬ。

HPによれば、智証大師・円珍が感得した姿を、自らの血を混ぜた絵の具で写したものだと。
なお、園城寺によれば黄不動尊も智証大師の前に現れた姿で、あちらは自身が感得したイメージを元に職人に描かせたとする。青蓮院は、青不動明王の製作にまつわることは一切不明という。

明王院によると、赤不動明王は初めからここで祀られていたわけではない。その前は後醍醐天皇の元にあったそうだ。彼はこの仏画を深く信仰し、吉野へも自ら持っていった。だがその後、戦火で失われることのないようにと、後醍醐天皇自身が高野山へ持ち込んだと。
HPにはそれが南朝の末期とあるが、ここだけ時代が合わない。南朝は後醍醐天皇に始まり、彼も含めて4代。彼が崩御した後も約半世紀は存続している。

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