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こかわでら|粉河観音宗

粉河寺のお参りの記録一覧
和歌山県 粉河駅

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ただ
ただ
2024年08月13日(火)50投稿

西国三十三箇所観音霊場 第3番
風猛山 粉河寺へ。
境内には国や県の文化財が数多く点在する和歌山県内屈指の名刹です。
粉河観音総本山で、ご本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。
こちらの本尊像は、絶対秘仏だそうですよ。
今まで誰も見たことがないなんて、神秘的ですよね〜☺️
ちなみに子年生まれの自分にとっては、千手観音様が守護本尊です🐭

広い境内を本堂に向かってぶらぶら見て歩きながら、ゆっくり参拝させていただきました。
本堂でお参りして御朱印を頂いてから、本堂内陣を拝観させていただきました。
内陣に入るとあたりに漂う荘厳な空気と多くの仏像が並ぶさまの何とも言い難い雰囲気に包まれ、そこに有る全ての物から放たれるパワーに圧倒されてしまいました....😳必見です!

納経所のすぐ前で、建物修復の為の瓦の寄付を募っていましたので、家族みんなですることに。
寄付すると瓦に毛筆で住所と名前を書くのですが、筆と墨で文字を書くのは何年ぶり?いや、小学校の時以来かも?(笑)
これが思った以上に楽しい♪
気が付けば、手も服も墨だらけになってましたよ😆
てなわけで、今日も良いおまいりをさせていただきました🙏

帰りに観音山フルーツパーラーに寄って、涼んで行くことに🤗
けっこう人気のお店なので、時間かかりました💦
俺的には晩御飯で寄った餃子の王将の方が...安定の安心感😆

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nomuten
nomuten
2024年07月20日(土)1420投稿

和歌山県の寺院/博物館巡りの5箇所目は、和歌山市から紀の川市へ移動して風猛山 粉河寺です。西国三十三所観音霊場 第3番札所。
今回の寺院/博物館巡りの最後となります。
粉河観音宗 総本山で、本尊は秘仏・千手観音。
この秘仏本尊・千手観音は絶対秘仏で、過去に1度も開帳されておりません。(本当にあるの?と疑いたくなります。(笑))

前回訪れたのは今年の2月10日ですので4ヶ月振り。(投稿済みですので宜しかったら見てやって下さい。)

多くの方の投稿により縁起・歴史等は投稿済みですので割愛します。

いつも通りに山門横を抜けて、駐車場(500円)に駐車させて頂きました。
土曜日でしたが16時を少し回っていましたので参拝者は私一人、空いていて良いです。
それからいつも通りに手水で身を清めて、本堂へ行って手を合わせて、御朱印を頂いてから拝観料400円を納めて内陣拝観しました。閉扉された本尊厨子の両側に祀られている二十八部衆と風神雷神(計30躯)は格好いい。併せて左甚五郎作と伝わる「野荒しの虎」も。内陣拝観を終えて下山しました。

今回は、高野山霊宝館→壇上伽藍→清浄心院→紀三井寺→和歌山県立博物館→粉河寺と巡りました。日帰りでは結構な強行軍で、急ぎ足になってしまいました。

粉河寺(和歌山県)

御朱印(軸装納経帳)

粉河寺(和歌山県)

大門(重文)

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くるくるきよせん
くるくるきよせん
2024年06月25日(火)3159投稿

西国三十三所巡りも 和歌山は最後になりました。和歌の浦から車を飛ばして 閉門1時間前には間に合いました。今日はスタートが遅かったと反省です。
こちらも立派な寺院です。
まずは朱色の大門(仁王門)が迎えてくれます。驚くべきは 境内に中門(仁王門)もあり こちらもとても立派だったことです。中門は少し小さかったりするのですが 粉河寺では中門の方が荘厳なイメージでした。
大門の外にも地蔵堂などがあり これは伽藍がすごいことになってる と思いました。
大門をくぐるとさっそく不動堂 川沿いに建物が並び 羅漢堂 本坊 童男堂 念仏堂 太子堂 千手堂と続きます。
立派すぎる中門をくぐると 地蔵堂 丈六堂 六角堂 そして本堂があります。
境内奥には 行者堂 薬師堂もあり じっくり見て回ると 1時間では足りません。
時刻もまあまあ遅かったので 小走りに回りました。
本堂はとても立派で 屋根が特徴的でした。外から見ると 二重屋根のように見えます。
本堂に入ると 奉納された扁額や千社札が目を引きます。
柱の彫刻が花なのですが これがとても見事で 重なり部分も素晴らしく どうやって彫るのかと思いました。そうとう技術をもった方が彫られたのでしょうね。
建物は多すぎるので あとは写真をご覧ください。

山号は風猛山 宗旨宗派は天台宗系粉河観音宗 寺格は総本山 ご本尊は千手千眼観音菩薩 創建年は伝・宝亀元年(770年) 開基は伝・大伴孔子古です。

由緒については 草創の縁起は『粉河寺縁起絵巻』(国宝)に伝えられている。
「粉河寺縁起」には2つの説話が語られている。
1つ目の話は粉河寺の草創と千手観音の由来に関するものである。
紀伊国の猟師・大伴孔子古は宝亀元年(770年)のある日 山中に不思議な光を発する場所を見つけて そこに小さな庵を営んだ。
これが粉河寺の始まりという。
その後のある日 孔子古の家に一人の童子(童男行者)が訪ねて来て 一晩泊めてくれと言う。
童子は宿を借りたお礼にと言って 7日かけて千手観音の像を刻んだ。
8日目の朝 孔子古が見てみると童子の姿はなく 金色の千手観音の像だけがあった。
孔子古は殺生をやめて観音を信仰するようになったとのことである。
2つ目の話は千手観音の霊験説話である。
河内国の長者・佐太夫の娘は重い病で明日をも知れぬ命であった。
そこへどこからともなく現れた童行者が千手千眼陀羅尼を称えて祈祷したところ 娘の病は全快した。
喜んだ長者がお礼にと言って財宝を差し出すが童行者は受け取らず 娘の提鞘(小太刀)と緋の袴だけを受け取り  「私は紀伊国那賀郡におります」と言って立ち去った。
長者一家が那賀郡を尋ねて行くと 小さな庵に千手観音像が立ち 観音の手には娘の提鞘と緋の袴があった。
長者一家は あの行者が観音の化身であったことを知ってその場で出家し 孔子古とともに粉河寺の繁栄に尽くしたとのことである。
以上の説話がどこまで史実を反映したものかは定かでないが 粉河寺は平安時代には朝廷や貴族の保護を得て栄えたことは確かである。
とありました。

粉河寺(和歌山県)

大門(仁王門)

粉河寺(和歌山県)

石柱

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