ひのみやじんじゃ
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お祭りの人の流れに乗って行きついた祇園日吉神社から1キロほど北にある日宮神社。
山車やお神輿が巡行するだけかと思ってたンです。
そしたら、汗拭き拭き立ち寄ったお茶屋の女将さんが「8時頃にお宮さんの前でお神輿のケンカ祭りが始まるから見て行き!スゴイ迫力よ」とおしえてくれました。
通りの中心に山車?鉾?が集まってきました。
南の日吉神社、北の日宮神社それぞれ何台あったかな?10台くらいかな。
「イヤサー!イヤサー!」と力強い掛け声です。
下に太鼓や笛の人が乗り、木の上には若衆が乗ってます。
イヤサー!イヤサー!
8時過ぎの神社前。
ものすごい人出です。
ケンカ神輿を見るためでせうか。押し合いへし合い、写真を撮るどこぢゃありませんぜ!
左側に鳥居と参道があるんですが、入れないヨー💦
おっ、始まりました!
東西南北のお神輿が十字路でかち合うと、ハゲしくぶつけ合います。
ガチーン!ぎゃー!スゴイ音😱
それから若衆が相手の神輿台に飛び移り、松の木やハチマキのひったくり合い。転落するニイちゃんもいてヒヤッ!
笑っちゃうくらい、もうメチャクチャw
観客もついコーフンして、イヤサー!イヤサー!
動画を載せられないのが残念!
なにか御利益にあやかれるモノはないカナと思ってたら、神輿の若衆がもぎ取り合った松葉が偶然ワタクシの頭に落ちて来ました。
ありがたく頂戴いたしまする。
震災復興に頑張っておられる氷見を見習って、ワタクシも頑張ろう!
神社の灯籠が倒れるなど、日宮神社も被災しました。
歴史
本社は天長五年二月の勧請なり。比地は古く比美の江の名所にして蒼海に面し潮頭日出を見るが故に日見と称し本社をも日宮と称せり。
宇和三年六月十一日、正一位宣下奏を以って被援勅許位記旨口宣案是より日宮神社と称せり。明治六年八月郷社に列し、明治四十年幣帛供進社に指定せらる。昭和四十六年十月拝殿の竣工を見る。
古来北六町の氏神と崇敬され、永禄年中、阿尾城主菊池入道の祈願所となっていたと伝え、太刀一振り寄進さる。寛延三年に本殿が造営され、文政十三年に神輿庫が造営されている。昭和十三年氷見町大火後、中町ほ市姫社、秋葉社、本川の愛宕社が昭和十四年相殿に合祀された。
名称 | 日宮神社 |
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読み方 | ひのみやじんじゃ |
詳細情報
ご祭神 | 《主》天照大日孁尊《配》天満大神,豊受大神,須佐之男命《合》迦具土命,大市姫命,火雷之命 |
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ご由緒 | 本社は天長五年二月の勧請なり。比地は古く比美の江の名所にして蒼海に面し潮頭日出を見るが故に日見と称し本社をも日宮と称せり。
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体験 | 祈祷おみくじお祓いお宮参り絵馬 |
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