けたじんじゃ
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立山室堂から雄山神社峰本社参拝前に気多(けた)神社を参拝しました。
室堂の雷鳥荘は二ヶ月前に予約が完了していましたがケーブルカーと高原バスのWEBキップを予約するのを忘れていて予約を入れた時には14時しか空いてなくて9月16日は、雷鳥荘に宿泊だけして翌日に雄山神社峰本社に行くことにしました。
雷鳥荘宿泊は、朝一番で雄山神社峰本社に行き御朱印対応後に最高峰の大汝山(3015m)と富士ノ折立(2999m)を巡り日本百名山の立山連峰を堪能し、雷鳥荘に泊まって温泉を楽しもうかと思ってました。WEBキップの関係で幻の山旅となってしまいました。
気多神社(気多神社HPより)
・732年(天平4年)能登国一宮の気多大社より御分霊を勧請され、氣多大神(けたのおおかみ)として御鎮座たまわり越中国一宮 氣多神社となる。
757年(天平宝字元年)の創建は、社伝によると越中より能登国が分立した後、能登にある氣多大社を現在地に勧請したものといわれている。
一説によると718年(養老2年)に僧行基が開基したとも言われています。


参拝記念⛩️
越中国一之宮 気多神社
御祭神 祭神 大己貴命・奴奈加波比賣命
由緒
気多神社(けた じんじゃ)は、養老2年(718年)に僧行基が創建したと伝えられています。また天平年間(757~764年)に越中一ノ宮として能登一丿宮の気多大社から勧請したとも言われています。なお、富山県内には気多神社を含めて「越中一ノ宮」を称している神社が4ヶ所(雄山神社・気多神社・射水神社・高瀬神社)あります。
天文年間(1532~1554年)に上杉謙信の兵火にかかり焼失したため、永禄年間(1558~1569年)頃に再建したのが現在に残る本殿と云われています。構造は、三間社流造りで正面一間の向拝があり、屋根は柿板葺きで軒は二重繁垂木です。斗キョウは和様の三つ斗で、棟下の両側面柱の上は舟肘木を用いています。向拝斗キョウは同じ三つ斗で、正面虹梁上には蟇股(かえるまた)があります。向拝柱および前面第一列の方柱を用い、他の柱は全て円柱となっています。
正面三面および両側面は吹き通しで、意匠は簡易なつくりですが木割が大きく全体に雄大な風格の本殿で室町時代の特徴を見ることが出来ます。
この参道の階段を上った正面が拝殿で、その後方に本殿(国指定重要文化財)があります。本殿の近くまでは行けませんが、拝殿の左手に回り込めば比較的よく見えます。階段上部左側の大きな杉の木は気多神社の御神木です。
(気多神社HPより)
石段を登った先に拝殿と本殿がありました。
参道の途中には富山湾を一望出来る場所もあり、気多神社が地域を守ってる感を体感してきました😊
御朱印は駐車場の下に社務所があり書置きのものがありました。
サイズも2種類用意されていました🙏





出張先での仕事が早く終わったので、気多神社さんにおまいりに行きました。

ここの近くには7年7ヶ月前にも来たことがあるのですが、気多神社さんにおまいりに行くのは初めてでした。
他に全く人がおらず、大変厳かな雰囲気の中、ゆっくりとおまいりできました。

気多神社近くの雨晴海岸には、7年7ヶ月ぶりで2回目の来訪です。
前に来た時は、富山湾の向こうに雪を被った立山連峰がとてもきれいに見えましたが、今回は雲がかかっていて全く見えず残念でした。
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