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いなりきおうじんじゃ

稲荷鬼王神社
東京都 東新宿駅

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なし

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malice
malice
2025年12月31日(水) 22時20分24秒
749投稿

【東京編 ⑤】
今年、最後の投稿😊
投稿を見てくださる方、いいねをしてくださる方、フォローしてくださってる皆様。今年も有難う御座いました😺

花園神社様から稲荷鬼王神社様へ何故か鬼王神社様にいらっしゃる『眼球食鬼』様に会いたくてお参りに行きました🙏🏻
ここのところ視力がかなり悪くなり乱視も進んでいて酷いので目の病気や目の平癒にご利益があると言われている眼球食鬼様が呼んでくださったのかな〜と思っています😊

稲荷鬼王神社の御朱印

通年御朱印

稲荷鬼王神社の鳥居

☆鳥居⛩️☆

稲荷鬼王神社の手水舎

☆鬼王神社の水鉢☆
 鳥居近くにある石造の水鉢は、「鬼王神社の水鉢」として新宿区の有形文化財に指定されています。
 江戸時代の造立とされ、しゃがんだ鬼の上に鬼よりも遥かに大きな手水鉢があるのが特徴です。力持ちというイメージの鬼がなんとも言えない顔で水鉢を支えていますが、その重さが伝わってくるような彫刻です。
 この彫刻にも逸話があります。文政年間(1818年~30年)、元の持ち主が毎晩水鉢から水を浴びる音がしたので、鬼の背中を刀で斬りつけたところ、たちまち病気や災難に見舞われました。そんな祟りに困り、天保4年(1833年)に持ち主は神社へと奉納しました。それ以降、神社では毎日鬼の背中に水をそそいで介抱し、お参りする人も同じように水をかけるようになりました(現在は不可)。すると病気が平癒するなど、「鬼の祟り」から「福の神」になったという話があります。

稲荷鬼王神社の本殿・本堂

参道に芽の輪がありました😊

稲荷鬼王神社の狛犬

☆狛犬様☆
明治35年(1902年)奉納
親獅子の髭に噛み付く子供を抱える阿の狛犬様と、玉に噛み付く子供を抱える吽の狛犬様

稲荷鬼王神社の狛犬
稲荷鬼王神社の本殿・本堂

☆御拝殿☆
昭和43年(1968年)に再建。
鉄筋コンクリート造りの社殿

 稲荷鬼王神社は鬼王権現を祀る全国で唯一つの神社です。
 もとは承応2年(1653年)に福瑳稲荷を勧請したもので、天保3年(1832年)に当地の百姓田中清右衛門が熊野から勧請した鬼王権現と合祀した神社です。 江戸時代から豆腐を備えれば、湿疹・腫れ物に特効があるとされました。

稲荷鬼王神社の本殿・本堂

 稲荷鬼王神社には漁業の守護と商売繁昌•開運の神様、恵比寿神を祀っています。
 恵比寿神は日本古来の神様。古来より福を表す「鯛」と、福を釣るという「釣り竿」を手に持っており、海の守護と商売繁昌の神様として親しまれています。

 神社は遡ること1813年(江戸時代後期)、大久保村(神社近辺)の氏神「稲荷神」と、熊野(三重県)から勧請されていた「鬼王権現」を合祀して誕生しました。以降200年、近隣で信仰され続けてきた神社となります。なお三重県の「鬼王権現」は現存せず、日本唯一の「鬼王」と名を持つ神社となりました。

 古代の鬼は「強さ」の象徴であり、決して悪者というイメージではありません。しかし近世(江戸時代)には既に悪いイメージを持たれていたようで、現在も「鬼」を神様とする神社は貴重です。
 境内には目の病気を平癒させる鬼が居るなど、鬼を大切にしている神社です。

稲荷鬼王神社の本殿・本堂

 稲荷鬼王神社には「豆腐断ち」と「撫で守り」で知られています。「豆腐断ち」というのは神社に豆腐を奉納し、病気が治るまで豆腐を断ちます。その後、授与された「撫で守り」で患部を撫でると病気が治るという言い伝えです。
 これは大久保村の百姓である「田中清右衛門」という人物が実際に豆腐を捧げて断ち、病気が治ったということが由来です。

 田中新右衛門は熊野(三重県)の鬼王権現へ巡礼の旅をしていましたが、途中に病気にかかりました。夢の中で謎の老人に「鬼王大権現に豆腐を捧げ祈れ」と告げられます。実際に現地の鬼王権現に祈ったところ、病気が平癒したそうです。これに感謝し、大久保村へと持ち帰って稲荷神社と合祀。現在の稲荷鬼王神社となったとされています。
 この時代、豆腐は貴重な栄養源でじた。一切食べないというのは、かなり厳しいことだったでしょう。現代でも当時のように「豆腐断ち」が実践されることがありますが、「麻婆豆腐」や「油揚げ」など家庭の料理で出てきそうなものも断たなければいけません。実際にお祈りを捧げる場合は注意しましょう。

 稲荷鬼王神社は鬼のことを悪者や災いのように扱わず、「春の神」とみなしています。
従って節分の豆まきでは、掛け声を「福は内、鬼は内」として鬼を追い払わず福として招き入れています。

稲荷鬼王神社の芸術

☆天水琴☆
平成16年(2004年)に設置されたもの。
社殿の屋根からの雨水を大きな甕に溜め、少しずつ地中にある水琴窟に注いで音を奏でる仕掛けになっています😊

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社の鳥居

☆恵比寿神社☆
 恵比寿様の福財を積まれた恵比寿宝船が設置されています😊

稲荷鬼王神社のその他建物

☆鳥居の上の恵比寿宝船☆
 文化年間(1804年〜1818年)、松平出雲守邸内から松平家の祈願所であった東大久保「二尊院」に寄進された御神像を祀ったもの。
鳥居をくぐるとき、「うみやまの 数のたからを大久保の 恵比寿おおかみ まもりたまえや」と唱えて大神様の福徳、御利益をいただきましょう😊
台風や風の強い日は撤去されている時もあります。

稲荷鬼王神社のその他建物

 嘉永6年(1853年)「二尊院」が火災に遭ったため、当社社家の大久保氏が自宅に遷した後に当社の境内に祀ったものとされています。
別名開運恵比寿と呼び新宿山ノ手七福神の恵比寿神を担っています。

稲荷鬼王神社の末社・摂社
稲荷鬼王神社の芸術

☆恵比寿神社の水琴窟☆
とても綺麗な音がします😊

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社の像

☆眼球食鬼☆
 社務所の横の参道を進むと富士塚の手前にいらっしゃいます😊
 人の眼を浄化•救済する「眼球食鬼」と呼ばれ、「眼の病気」や「目の平癒」にご利益があるとされ、その姿は背中がカタツムリのようで足はキャタピラになっています。

稲荷鬼王神社の像

口の中も目玉がいっぱい

稲荷鬼王神社のその他建物

☆富士塚☆
 昭和5年に造られた富士塚は、現在参道を挟んで左右二分化という珍しいかたちをしています。

稲荷鬼王神社の鳥居

富士塚を超えると正面とは別の奥の鳥居があります。ここの鳥居をくぐることで富士山の参道を通ったことになります😊

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こばけん
こばけん
2025年06月22日(日) 16時43分44秒
1339投稿

25.6.21。東京メトロ副都心線「東新宿駅」A1出口より徒歩3分。新宿区歌舞伎町2丁目の区役所通りと職安通り(鬼王通り)交差点近くに鎮座。

御祭神 【稲荷様】
    宇賀能御魂命
    【鬼王様】
    月夜見命
    大物主命
    天手力男命

創建年 天保2年(1831年)

【由緒】〜当社資料より抜粋〜
 古来より、大久保村の聖地とされたこの地に、承応2年(1653)、当地の氏神とし稲荷神社が建てられました。宝暦年(1752)、紀州熊野より鬼王権現を当地の百姓 田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保2年(1831)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。

 本日の新宿山ノ手七福神巡り②
疫を除き福を受ける鬼の王様の名を持つ全国で唯一つのお宮です。
 日本一の繁華街の歌舞伎町にあるとは思えない程、一歩境内に入ると樹木もあり、静寂な落ち着いた雰囲気がありました。

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

表参道の鳥居

稲荷鬼王神社(東京都)

社号標

稲荷鬼王神社(東京都)

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

参道

稲荷鬼王神社(東京都)

狛犬(右)

稲荷鬼王神社(東京都)

(左)

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

境内社 三島神社
別名 開運恵比寿
こちらが新宿山ノ手七福神に参画。

稲荷鬼王神社(東京都)

恵比寿神碑

稲荷鬼王神社(東京都)

鳥居

稲荷鬼王神社(東京都)

珍しいです。
扁額の上に宝船ですかね!

稲荷鬼王神社(東京都)

稲荷鬼王神社(東京都)

水琴窟

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

本社 拝殿

稲荷鬼王神社(東京都)

狛犬(阿形)

稲荷鬼王神社(東京都)

(吽形)

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

拝殿正面

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

本殿

稲荷鬼王神社(東京都)

裏参道の鳥居

稲荷鬼王神社(東京都)

奥に境内社 浅間神社と富士塚

稲荷鬼王神社(東京都)

社号石碑

稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社(東京都)

眼球食鬼
上手く撮れてませんが、手に眼球があり、こちらを布で拭くと目の病いに御利益があるそうです。

稲荷鬼王神社(東京都)

社務所
直書きの御朱印を拝受しました。

稲荷鬼王神社(東京都)

リーフレット
次の箇所へ行く案内書として頂きました。ご親切な宮司様でした。

稲荷鬼王神社(東京都)

社務所隣に!

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歴史

「鬼」というと私達はとかく悪いイメージをもちがちですが、古来、「鬼」は神であり「力」の象徴でもありました。又、「鬼は悪魔を祓う」といわれ、すべての災禍を祓う力があります。その為、鬼を祀ったり、鬼の名のつく社寺は全国に幾つもあります。しかし、その「鬼」の王様という意になる「鬼王」という名のある社寺は全国で当社のみです。この為、江戸時代は近在の農家の人達だけでなく、江戸から武士や商人、職人と多くの人が参拝にまいりました。現在では地図でみる新宿の中央にある唯一の神社としても注目を集め、全国から当社の御神徳を得ようとする方々が詣られております。扠この全国一社福授けの稲荷鬼王神社の由緒は左記の通りです。
 古来より大久保村の聖地とされたこの地に承応二年(1653)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。宝暦二年(1752)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を当地の百姓田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保二年(1831)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の二つがあるのです。紀州熊野に於いて鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹・腫物を初め諸病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ明治十五年(1882)頃まで社前の豆腐商数件がこの豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。今日でも広く信仰されています。この信仰について江戸時代の『新編武蔵風土記』だけでなく、時代は下って文豪、永井荷風も書き記しております。尚、当社では『鬼王様』の御名に因み、節分時鬼を春の神として『福は内、鬼は内』を唱えます。
 追記 明治時代に旧大久保村に散在していた、火の神である火産霊神の祠や、盗難除けの神などの大久保村の土俗の神々が合祀されました。大祭は9月18日で、御輿はその前後の日曜・祝日に出御します。この宮御輿は鬼面の彫られた珍しいお御輿です。

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写真

稲荷鬼王神社の御朱印
稲荷鬼王神社の鳥居
富士塚を超えると正面とは別の奥の鳥居があります。ここの鳥居をくぐることで富士山の参道を通ったことになります😊
稲荷鬼王神社のその他建物
☆富士塚☆  昭和5年に造られた富士塚は、現在参道を挟んで左右二分化という珍しいかたちをしています。
稲荷鬼王神社の像
口の中も目玉がいっぱい
稲荷鬼王神社の像
☆眼球食鬼☆  社務所の横の参道を進むと富士塚の手前にいらっしゃいます😊  人の眼を浄化•救済する「眼球食鬼」と呼ばれ、「眼の病気」や「目の平癒」にご利益があるとされ、その姿は背中がカタツムリのようで足はキャタピラになっています。
稲荷鬼王神社(東京都)
稲荷鬼王神社の芸術
☆恵比寿神社の水琴窟☆ とても綺麗な音がします😊
稲荷鬼王神社の末社・摂社
稲荷鬼王神社のその他建物
 嘉永6年(1853年)「二尊院」が火災に遭ったため、当社社家の大久保氏が自宅に遷した後に当社の境内に祀ったものとされています。 別名開運恵比寿と呼び新宿山ノ手七福神の恵比寿神を担っています。
稲荷鬼王神社のその他建物
☆鳥居の上の恵比寿宝船☆  文化年間(1804年〜1818年)、松平出雲守邸内から松平家の祈願所であった東大久保「二尊院」に寄進された御神像を祀ったもの。 鳥居をくぐるとき、「うみやまの 数のたからを大久保の 恵比寿おおかみ まもりたまえや」と唱えて大神様の福徳、御利益をいただきましょう😊 台風や風の強い日は撤去されている時もあります。
稲荷鬼王神社の鳥居
☆恵比寿神社☆  恵比寿様の福財を積まれた恵比寿宝船が設置されています😊
稲荷鬼王神社(東京都)
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稲荷鬼王神社の基本情報

住所

東京都新宿区歌舞伎町2-17-5

行き方

地下鉄大江戸線・副都心線東新宿駅から徒歩3分
西武新宿線新宿駅北口から徒歩7分
JR新宿駅東口から徒歩15分
地下鉄丸ノ内線・新宿線新宿三丁目駅から徒歩15分
JR新大久保駅から徒歩15分

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名称

稲荷鬼王神社

読み方

いなりきおうじんじゃ

参拝時間

9時-17時

参拝にかかる時間

10分

御朱印あり
限定御朱印なし
御朱印帳に直書きあり
御朱印の郵送対応なし
御朱印帳なし
電話番号03-3200-2904
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

巡礼の詳細情報

新宿山ノ手七福神

第6番

仏さま:恵比寿神

御真言:

おん いんだらや そわか

詳細情報

ご祭神《合》旧大久保村の神,《主》宇賀能御魂命,月夜見命,大物主命,天手力男命
ご由緒

「鬼」というと私達はとかく悪いイメージをもちがちですが、古来、「鬼」は神であり「力」の象徴でもありました。又、「鬼は悪魔を祓う」といわれ、すべての災禍を祓う力があります。その為、鬼を祀ったり、鬼の名のつく社寺は全国に幾つもあります。しかし、その「鬼」の王様という意になる「鬼王」という名のある社寺は全国で当社のみです。この為、江戸時代は近在の農家の人達だけでなく、江戸から武士や商人、職人と多くの人が参拝にまいりました。現在では地図でみる新宿の中央にある唯一の神社としても注目を集め、全国から当社の御神徳を得ようとする方々が詣られております。扠この全国一社福授けの稲荷鬼王神社の由緒は左記の通りです。
 古来より大久保村の聖地とされたこの地に承応二年(1653)、当所の氏神として稲荷神社が建てられました。宝暦二年(1752)紀州熊野より鬼王権現(月夜見命・大物主命・天手力男命)を当地の百姓田中清右衛門が旅先での病気平癒への感謝から勧請し、天保二年(1831)稲荷神社と合祀し、稲荷鬼王神社となりました。それ故、当社の社紋は稲荷紋と巴紋の二つがあるのです。紀州熊野に於いて鬼王権現は現存せず、当社はそれ故、全国一社福授けの御名があります。この鬼王権現は、湿疹・腫物を初め諸病一切に豆腐を献納し、治るまで本人或いは代理の者が豆腐を断ち、当社で授与される「撫で守り」で患部を祈りつつ撫でれば必ず平癒するといわれ明治十五年(1882)頃まで社前の豆腐商数件がこの豆腐のみにて日々の家計を営んでいたといわれたほどでした。今日でも広く信仰されています。この信仰について江戸時代の『新編武蔵風土記』だけでなく、時代は下って文豪、永井荷風も書き記しております。尚、当社では『鬼王様』の御名に因み、節分時鬼を春の神として『福は内、鬼は内』を唱えます。
 追記 明治時代に旧大久保村に散在していた、火の神である火産霊神の祠や、盗難除けの神などの大久保村の土俗の神々が合祀されました。大祭は9月18日で、御輿はその前後の日曜・祝日に出御します。この宮御輿は鬼面の彫られた珍しいお御輿です。

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