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楽しみ方穴八幡宮のお参りの記録一覧
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穴八幡宮は、新宿区西早稲田にある神社。旧社格は村社。蟲封じの御利益と、流鏑馬奉納で知られている。
社伝によると、創建は平安後期の1062年、源義家が奥州討伐の凱旋途上で、当地に兜と太刀を納め八幡神を祀り、高田八幡と呼ばれたとされる。江戸期に入り、当地に弓の的場が築かれ、弓矢の守護神に京都の石清水八幡宮を勧請。この時別当寺の放生寺を建てるために境内南側の崖を整地したところ横穴が見付かり、金銅の阿弥陀仏を発見したため、「穴八幡」と呼ばれるように。弓矢の守護神を祀ることから将軍家の崇敬も篤く、3代将軍家光は当社を幕府の祈願所・城北の総鎮護とし、8代将軍吉宗は世嗣の疱瘡平癒祈願のために流鏑馬を奉納した。江戸庶民からも信仰を集め、特に蟲封じの祈祷が有名で、明治期には明治天皇が皇太子(大正天皇)の御蟲封祈祷を行ったとのこと。社殿等は1945年の米軍による大空襲でほとんどが焼失。その後徐々に時間を掛けて再建した。
当社は、地下鉄早稲田駅から100m、早稲田通り・馬場下町交差点の角にある。
参拝時は週末の昼過ぎで、賽銭箱前に参拝者が途切れないぐらいの人出があった。
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1062(康平5)年、奥州の乱を鎮圧した源義家(八幡太郎)が凱旋の折り、日本武尊の先蹤にならい、当地に兜と太刀を納め氏神八幡宮を勧請、東北鎮護の社として創建された。
1641(寛永5)年、宮守の庵を造るため山裾を切り開いたところ、神穴が出現し中から金銅の御神像が現れたため、この時期から穴八幡宮と称されるようになる。
同年この地に居住していた江戸幕府の祐筆(事務官僚)・大橋龍慶が方百間の地を献じ、社殿を壮大に造営した。
この頃、神木の松から瑞光を放つなど諸々奇瑞のあったことが三代将軍家光の上聞に達し、当社を江戸城北の総鎮護として総営繕を命ぜられる。
1648(慶安元)年社殿再興の折、幕府から氏子として牛込郷36ヶ町が定められ、翌年の1649(慶安2)年、社殿を始め数々の殿舎が竣工し、八千八百余坪の境内地に壮麗な建物が櫛比して将軍家祈願所としての規模も整い、以後江戸屈指の大社となった。
その後も幕府により数次にわたって造営・営繕が行われ、特に1703(元禄16)年の造営は、江戸権現造り社殿として壮麗を極めたという。
1854(安政元)年青山火事により類焼し、幕府より造営料などが奉納されたものの、幕末の多事と物価高騰のため仮社殿のまま明治維新を迎えた。
その後、昭和初年に旧時の盛観に復元したが、空襲により社殿は再び焼失した。
しかし戦後はいち早く仮社殿により再興、1989(平成元)年から慶安・元禄の江戸権現造りの設計図を基に御本殿御社殿の造営をはじめ、1998(平成10)年の随神門竣工をもって往時を偲ぶ姿に復し、引き続きその他の再建、境内地の整備に着手し今日に至る。







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