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ほうしょうじ|高野山真言宗光松山

放生寺のお参りの記録一覧
東京都 早稲田(メトロ)駅

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ひでどらごん
ひでどらごん
2025年02月01日(土)1141投稿

放生寺(ほうじょうじ)は、高野山真言宗に属する寺院で、光松山威盛院(こうしょうざん いせいいん)と号します。東京都新宿区西早稲田に位置し、御府内八十八ヵ所霊場30番札所、江戸三十三観音15番札所、山の手三十三観音霊場16番札所、東京三十三観音霊場22番札所として知られています。

● 放生寺の歴史
放生寺は、寛永16年(1639年)、良昌上人が見た霊夢をきっかけに創建されました。夢の中で老翁が現れ、将軍家の若君が誕生することを告げたため、良昌上人は江戸に上京し、穴八幡宮の創建に尽力。その功績を認められ、徳川秀忠より「光松山放生會寺」の寺号を賜りました。

● 徳川家との関わり
放生寺は、徳川家と深い関わりを持つ寺院でした。将軍家の祈願所として葵の紋を寺紋に用い、江戸城登城の際には特別な衣を着用することが許可されていました。また、将軍が鷹狩りを行う際には、放生寺が休憩所(御膳所)として指定されていました。

● 本尊・聖観世音菩薩
放生寺の本尊は聖観世音菩薩で、「融通虫封観世音」とも称されます。これは、虫封じや病気平癒の御利益があるとされ、多くの人々の信仰を集めてきました。

● 放生寺と穴八幡宮
創建当初、放生寺は穴八幡宮の別当寺(管理を行う寺院)として機能していました。しかし、明治時代の廃仏毀釈により、放生寺と穴八幡宮は分離され、現在の地に放生寺が移されました。

● 放生寺の文化財と遺品
放生寺には、歴代将軍や有名な文化人の書や絵画など、貴重な文化財が伝えられています。
・柳に竹の御書(台徳院殿筆)
・福禄寿の画(常憲院殿筆)
・楊柳観音画像(狩野探幽筆)

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