ほうしょうじ|高野山真言宗|光松山
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如月の旅④『放生寺』一陽来復✨
珍しい《恵方茅の輪》くぐり参拝✧◝(⁰▿⁰)◜✧
笑門来福🍀福豆を拝受♪
昔は一緒だった穴八幡宮と放生寺。昨年は一陽来復御守を拝受〜穴八幡宮の御守と列べて貼っていました。今年は貼り替えできないので節分のお豆だけ拝受。御守がないかわりに、恵方茅の輪をくぐり念入りにお参りしました。
穴八幡宮さんのように混雑はしておらず、ゆったり参拝できるのが嬉しい!寺務所の方も御守の貼り方などを親切に教えてくださいます。
境内には白い山茶花が綺麗に咲いていました💓

《福豆》笑門来福😄
三日✈️早朝便で帰宅したので、、
今年は一日遅れで小さく豆まき👹
やる事が大切!と前向きに〜

恵方茅の輪✨
真っ直ぐ抜けるだけでOK😄
他で見たことがないので嬉しくなりました

放生寺(ほうじょうじ)は、高野山真言宗に属する寺院で、光松山威盛院(こうしょうざん いせいいん)と号します。東京都新宿区西早稲田に位置し、御府内八十八ヵ所霊場30番札所、江戸三十三観音15番札所、山の手三十三観音霊場16番札所、東京三十三観音霊場22番札所として知られています。
● 放生寺の歴史
放生寺は、寛永16年(1639年)、良昌上人が見た霊夢をきっかけに創建されました。夢の中で老翁が現れ、将軍家の若君が誕生することを告げたため、良昌上人は江戸に上京し、穴八幡宮の創建に尽力。その功績を認められ、徳川秀忠より「光松山放生會寺」の寺号を賜りました。
● 徳川家との関わり
放生寺は、徳川家と深い関わりを持つ寺院でした。将軍家の祈願所として葵の紋を寺紋に用い、江戸城登城の際には特別な衣を着用することが許可されていました。また、将軍が鷹狩りを行う際には、放生寺が休憩所(御膳所)として指定されていました。
● 本尊・聖観世音菩薩
放生寺の本尊は聖観世音菩薩で、「融通虫封観世音」とも称されます。これは、虫封じや病気平癒の御利益があるとされ、多くの人々の信仰を集めてきました。
● 放生寺と穴八幡宮
創建当初、放生寺は穴八幡宮の別当寺(管理を行う寺院)として機能していました。しかし、明治時代の廃仏毀釈により、放生寺と穴八幡宮は分離され、現在の地に放生寺が移されました。
● 放生寺の文化財と遺品
放生寺には、歴代将軍や有名な文化人の書や絵画など、貴重な文化財が伝えられています。
・柳に竹の御書(台徳院殿筆)
・福禄寿の画(常憲院殿筆)
・楊柳観音画像(狩野探幽筆)

穴八幡宮の隣に「一陽来福」のお寺があるよと教えてもらいお参りしました。穴八幡宮は「一陽来復」、放生寺は御札「一陽来福」創始のお寺とのこと。行ってみると一陽来福の提灯が沢山設置されていて壮観でした。本尊は聖観世音菩薩様、神変大菩薩様のお堂もあり、芽の輪くぐりがあり、とても綺麗にされていて、混んでおらずゆっくりと参拝できました。
今度からは穴八幡宮に来たときはこちらもお参りしようと思います。
山号:光松山
院号:威盛院
宗旨:古義真言宗
宗派:高野山真言宗
寺格:準別格本山
本尊:聖観世音菩薩
創建年:1641年(寛永18年)
開基:良昌上人
正式名:光松山威盛院放生會寺
札所:
御府内八十八ヶ所霊場
江戸三十三観音霊場






言の葉の碑 真っ先にこちらが目に入りました。
素敵ですね。初めてみたのですが
生きた証として生涯の座右の銘を記した墓標とのことです。
私だったらなんだろうと。。。思った言葉が『ありがとう』でした。
同じ方がたくさんいらっしゃいました。
そう言えるってなんかいいな♪って思えます。
放生寺 一陽来復のお寺です。
神社が穴八幡宮でお寺は放生寺 と言うことなのか。。。はわかりませんがほぼ隣に。
何かゆかりがあるのかな。。。
手水舎にはこうやくんというマスコットキャラクターが。
そこには参拝の手順が記させれてます。
奥には
修行大師:南無大師遍照金剛様
神変大菩薩様
水掛け地蔵様と
とても見応えがありゆったりとした時間を過ごさせていただきました。
御朱印をいただく際には本来書き置きの御朱印を直書きしてくださいました。
ありがとうございましたm(_ _)m
参拝についてもいろいろと教えていただき、
勉強不足の自分が恥ずかしくなりました(^^;
今後失礼のないよういろいろと学んでいきたいと思います。
この度はありがとうございました(*^^*)

23.10.07。東京メトロ東西線「早稲田駅」より徒歩3分。新宿区西早稲田にある高野山真言宗の寺院。
《一陽来福創始の寺》
寺格 準別格本山
山号 光松山
院号 威盛院
創建 寛永18年(1641年)
開山 良昌上人
本尊 聖観世音菩薩(秘仏)
札所 江戸三十三観音霊場
第十五番
御府内八十八ヶ所霊場
第三十番
【歴史】〜Wikipedia より〜
寛永18年に穴八幡宮(高田八幡)の別当寺として同神社の隣に創建された。寺号が示す通り「放生会(ほうじょうえ)」で知られ、虫封じのご利益もあるとされる。
創建当時は穴八幡の境内に放生池があったが、明治維新の神仏分離により池は放生寺の管轄となり、その後1920年代に埋め立てられてしまった。現在は本堂脇の池が放生会に使われる。
江戸33観音巡りの31箇所目。大通りを挟み、対面に早稲田大学戸山キャンパスがあり、文教地区と同時に飲食店等も多く若やいだ雰囲気の中で参詣しました。

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