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ほうしょうじ|高野山真言宗光松山

放生寺のお参りの記録一覧
東京都 早稲田(メトロ)駅

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ヒナメリ
ヒナメリ
2025年08月11日(月)476投稿

放生寺は、東京都新宿区西早稲田に所在します。正式名称は「高野山真言宗 準別格本山 光松山威盛院 放生寺」。地下鉄東西線・早稲田駅から徒歩3分、JR高田馬場駅からは徒歩約20分。高田馬場からバスを利用する場合は馬場下町バス停で下車し、徒歩2分ほどです。

隣接する穴八幡宮(創建当時は高田八幡と呼ばれていました)の別当寺として、今からおよそ380年前に創建されました。江戸時代、神社と寺院は神仏習合のもとで密接な関係にあり、神社の管理や祭礼を僧侶が担うことも珍しくありませんでした。放生寺もその一つで、穴八幡宮の祭祀を支える拠点として栄えました。御本尊は聖観世音菩薩。すべての衆生を救う慈悲の象徴とされています。放生寺では、この聖観世音菩薩が人々の願いを静かに受け止め、時代を超えて見守り続けています。江戸期には、疫病や火災などの災厄から逃れたいと願う人々や、商売繁盛、家内安全を祈願する参詣者が多く訪れ、周囲には参道の賑わいが広がっていたことでしょう。今もなお、地域の人々にとっては身近な祈りの場であり続けています。

寺号碑が見えるスロープを登っていくと、ほどなく本堂にたどり着きます。本堂はこぢんまりとしながらも整えられた境内の植栽が参拝者を迎え、日常から少し離れた静けさを感じさせます。

この日は、ろうそくを立てて手を合わせたかったのですが、訪れた時間が遅く、すでにその機会は閉じられていました。心残りではありますが、「またの機会に」と思いながら、境内を後にしました。

本尊のほかに、お大師様(弘法大師空海)が祀られており、さらに神変大菩薩(役小角)が安置されています。神変大菩薩は修験道の祖で、険しい山々を駆け巡り修行を重ねたことから、足腰の強化にご利益があると伝えられています。健康や健脚を願う人々にとって、ここは特別な参拝の場となっています。

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御朱印ハンター
御朱印ハンター
2025年02月23日(日)227投稿

放生寺は、東京都新宿区西早稲田二丁目にある高野山真言宗準別格本山の寺院です。山号は光松山(こうしょうざん)で、本尊は聖観世音菩薩です。

歴史
放生寺は1641年(寛永18年)に、穴八幡宮(高田八幡)の別当寺として創建されました23。創建当初から徳川将軍家の崇敬を受け、1649年(慶安2年)には三代将軍家光公が参詣した際に「光松山威盛院放生會寺」の寺号を賜りました。

特徴
御府内八十八ヶ所霊場の第30番、江戸三十三観音霊場の第15番札所として知られています。

境内には大師像、放生供養塔、放生池があり、水掛け地蔵像や役行者を祀る神変大菩薩堂なども存在します。

本尊の「融通虫封観世音菩薩」は江戸時代から多くの信仰を集めています。

江戸天保年間より金銀融通「一陽来福」の寺としても親しまれています。

放生会
放生寺の名前の由来となっている放生会(ほうじょうえ)は、毎年10月10日(スポーツの日)に行われています25。この行事では、本堂での法要後、鯉の稚魚を本堂脇の池に放流します。

放生寺は早稲田大学文学の校舎の向かい側に位置し、穴八幡神社に隣接しています。江戸時代から続く歴史ある寺院として、現在も多くの参拝客を集めています。

放生寺(東京都)

本日最初の訪問は放生寺です。

放生寺(東京都)

江戸三十三観音の第十五札所です。

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ひでどらごん
ひでどらごん
2025年02月01日(土)1141投稿

放生寺(ほうじょうじ)は、高野山真言宗に属する寺院で、光松山威盛院(こうしょうざん いせいいん)と号します。東京都新宿区西早稲田に位置し、御府内八十八ヵ所霊場30番札所、江戸三十三観音15番札所、山の手三十三観音霊場16番札所、東京三十三観音霊場22番札所として知られています。

● 放生寺の歴史
放生寺は、寛永16年(1639年)、良昌上人が見た霊夢をきっかけに創建されました。夢の中で老翁が現れ、将軍家の若君が誕生することを告げたため、良昌上人は江戸に上京し、穴八幡宮の創建に尽力。その功績を認められ、徳川秀忠より「光松山放生會寺」の寺号を賜りました。

● 徳川家との関わり
放生寺は、徳川家と深い関わりを持つ寺院でした。将軍家の祈願所として葵の紋を寺紋に用い、江戸城登城の際には特別な衣を着用することが許可されていました。また、将軍が鷹狩りを行う際には、放生寺が休憩所(御膳所)として指定されていました。

● 本尊・聖観世音菩薩
放生寺の本尊は聖観世音菩薩で、「融通虫封観世音」とも称されます。これは、虫封じや病気平癒の御利益があるとされ、多くの人々の信仰を集めてきました。

● 放生寺と穴八幡宮
創建当初、放生寺は穴八幡宮の別当寺(管理を行う寺院)として機能していました。しかし、明治時代の廃仏毀釈により、放生寺と穴八幡宮は分離され、現在の地に放生寺が移されました。

● 放生寺の文化財と遺品
放生寺には、歴代将軍や有名な文化人の書や絵画など、貴重な文化財が伝えられています。
・柳に竹の御書(台徳院殿筆)
・福禄寿の画(常憲院殿筆)
・楊柳観音画像(狩野探幽筆)

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