ちゃのきじんじゃ
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この日の最後は茶ノ木神社様へあがらせていただきました。町の人々から「お茶ノ木様」と呼ばれています。こちらは倉稲魂大神を御祭神としてお祀りしています。かつて茶ノ木神社様が鎮座されている土地は徳川時代、下総佐倉の城主、大老堀田家の中屋敷でした。茶ノ木神社はその土地の守護神として祀られ、社の周囲には芝の上に茶の木が植え込まれ芝と茶の木の緑が見事であったといわれています。
また、中屋敷は勿論、周囲の町方にも永年火災が起こらなかったため、いつのころからか火伏せの神として崇められていたようです。
現在の日本橋はオフィス街として高層ビルがたくさん立つような場所となりました。今日、あがらせていただいた神社様はそのようなビルの谷間のようなところに鎮座されているのがとても印象的でした。オフィス街となる前から日本橋という街を守り続け、今もなお鎮守として街を守り続けている姿が想像できました。




街の中にある小さな神社です。
鳥居や手水は比較的新しく、全体的にとても洗練された雰囲気が漂っていて、都会の神社という印象でした。
御朱印は社殿向かって左側にある建物の中に書置きがありました。
<御祭神>
倉稲魂大神
<御由緒>~由緒書より~
「お茶ノ木様」と町内の人々に親しまれている茶ノ木神社の御祭神は倉稲魂大神で伏見系の稲荷様とされている。
史実とは異なる解釈もあるが、昔この土地は徳川時代約三千坪に及ぶ下総佐倉の城主大老堀田家の中屋敷とされ、当社はその守護神として祀られたものであり、社の周囲に巡らされた土堤芝の上に丸く刈り込まれた茶の木がぐるりと植え込まれ、芝と茶の木の緑が見事であったとされている。
また、中屋敷は勿論のこと周囲の町方にも永年火災が起こらなかったため、いつのころからか誰言うとなく火伏せの神と崇められ、堀田家では年一回初午祭の当日だけ開門して一般の参拝を自由にされた由「お茶ノ木様」の愛称で町の評判も相当であったとされている。
また新たに昭和60年布袋尊を御勧請合祀申し上げて日本橋七福神詣りに加わることになった。
布袋尊は実在した中国唐代の禅僧で福徳円満の相が喜ばれ、世の清濁を併せ呑む大きな腹をして袋の中にいっぱいの宝物を入れ、人々に福運大願を成就させる和合成就の神様として崇められている。


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