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じゅうばんいなりじんじゃ

十番稲荷神社のお参りの記録一覧
東京都 麻布十番駅

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malice
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2025年04月05日(土)857投稿

【月参りと初参拝 東京編 ❷】
駒込妙義神社様から東京メトロ南北線に乗り、麻布十番駅で下車。
初参拝🙏🏻十番稲荷神社様へ行って来ました😊
3月22日にまわる予定でしたが体調がイマイチだったので今回行って来ました。
麻布十番駅の出口(7番出口)を間違えなければ、すぐ隣にあるので迷子にならずにすみますね😄

【十番稲荷神社】
十番稲荷神社は、もと末広神社(旧坂下町鎮座)および竹長稲荷神社(旧永坂町鎮座)です。両神社は、昭和20年4月15日に戦災に遭い焼失、昭和25年6月復興土地区画整理により、両社境内地を現在地に換地、隣接指定されました。その後両社は合併して社名を十番稲荷神社と改称し、平成9年3月29日、現社殿に建て替えられました。

◇末広神社由緒◇
 慶長年間(1596~1615年)に創建され、元禄4年(1691年)には坂下東方雑式に鎮座していましたが、同6年永井伊賀守道敏が寺社奉行の時、坂下町41の社域に遷座されました。往古より境内に多数の柳樹があり、「青柳稲荷」と称されていましたが、後にその中の一樹の枝が繁茂して、扇の形をしていたことから「末広の柳」とよばれるようになり、社名に冠されて末広稲荷と称されました。その後、明治20年4月に末広神社と改称されました。

◇竹長稲荷神社由緒◇
 創建は、一説には和銅5年(712年)とも、弘仁13年(822年)に八咫の神鏡を以て武蔵国豊島郡竹千代丘(今の鳥居坂上)へ稲荷大神を勧請(※)したとも伝えられています。稗田神社(延喜式内社)であるとも伝えられており、少なくとも10世紀初頭には鎮座していた古社と考えられます。その後、弘安2年(1279年)に鳥羽院の子孫が社殿を再建し、大神より翁の面と陰陽の鍵を授かったという伝説があります(面と鍵は戦災で焼失)。元々は竹千代(たけちよ)稲荷と称していましたが、江戸時代になり徳川家光の幼名•竹千代を憚り竹長(たけちょう)と改めました。
※勧請(かんじょう):神様の御分霊を遷し迎え鎮め祀ること。

十番稲荷神社の御朱印

通年御朱印(巳年)

十番稲荷神社の鳥居

☆社号碑と鳥居☆

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ヒナメリ
ヒナメリ
2025年09月18日(木)477投稿

東京都港区麻布十番に鎮座する十番稲荷神社。都営地下鉄大江戸線麻布十番駅から徒歩0分というアクセスの良さもあり、平日・週末を問わず、多くの参拝者が訪れる神社です。御祭神は倉稲魂命、日本武尊、市杵島姫命、田心姫命、湍津姫命の五柱。もともとは末広稲荷神社と竹長稲荷神社の二社でしたが、戦争による被災を経て合併し、現在の社号となったといいます。その歴史は地域の信仰や生活に深く根差しており、地域住民の心の拠り所としても存在感を放っています。

社殿は平成9年に建て替えられ、老朽感は全くありません。外苑東通りという交通量の多い道路に面しており、周囲の現代的なビル群や街並みに自然と溶け込むデザインは、都会の中でも落ち着いた存在感を示しています。石段を上ると、手水舎や狛犬、社殿の細部に至るまで丁寧に整備されており、訪れる人々に安心感と静謐な雰囲気を提供しています。

また、この神社はカエルの御守で知られています。私にとっては、思い出深い存在でもあります。高校時代、学級担任の先生が新婚旅行のお土産として、米粒ほどの小さなカエルの御守を生徒に配ってくださったことがありました。その御守は、ずっと財布の中に入れて持ち歩いていたものです。小さな御守一つにも、思い出や祈りの重みが込められていることを改めて感じます。

十番稲荷神社は、歴史、現代建築との調和、そして地域の人々の生活に寄り添う信仰の三要素が揃った神社です。交通の便も良く、参拝はもちろん、街歩きの途中に立ち寄るだけでも心落ち着く場所。都会の喧騒の中で、ほっとひと息つける空間として、今日も多くの人々に親しまれています。

十番稲荷神社(東京都)
十番稲荷神社(東京都)
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