おうじじんじゃ
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楽しみ方王子神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年06月24日(水) 07時54分08秒
参拝:2026年6月吉日
⛩️王子神社(王子権現)
御祭神
伊邪那岐命
伊邪那美命
大照大御
速玉之男命
創建
不詳
再興:元亨2年(1322年)
事解・之男命
御神徳
熊野三社の御子神「王子大神」
は「開運除災」の神徳を以て崇敬され、厄除や家内安全、運気回生
に御神威深き神社です。
また江戸時代、春日局が当社に祈願し、めでたく家光の将軍就任が叶った故事から「子育大願」の神社として、初宮、七五三、安産、子授などにも御神徳があります。
-歲時記—
歳旦祭・初詣一月一日
元旦の午前•時より歳旦祭が行われ、新年を告げる太鼓とともに初詣が始まります。境内は多くの参拝者と、厄除や家内安全などの新年の御祈祷をする方々で賑わいます。
建国祭 二月十一日
総代参列のもと、建国記念日を祝い、神殿にて建国祭が執り行われます。
例大祭「槍祭」八月上旬(日曜日)
本祭の年には、神輿十数基によ
る「連合神輿渡御」が、本社祭の祈願し、めでたく家光の将軍就任が叶った故事から「子育大願」の神社として、初宮、七五三、安産、子授などにも御神徳があります。
御由緒
王子という地名は元亨二(一三
二二)年に領主豊島氏が熊野より当社を勧請した事に由来します。
以来、熊野信仰の拠点として尊崇を集め、戦国時代は小田原北条氏も当社を崇敬し朱印状を寄せて社領を安堵しております。
徳川時代、初代家康公は天正十九(一五九一)年に朱印地二百石を寄進、将軍家祈願所と定められてそれより「王子権現」の呼称で江戸名所の一つとなります。
三代家光公は社殿を新造し、林羅山に命じて「若一王子縁起」絵巻三巻を
作らせて当社に奉納しております。
その後も代々将軍の崇敬篤く、
特に八代吉宗公は紀州ゆかりの当
社を崇拝して元文二(一七三七)年に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて庶民遊楽の地としました。これが現在の花の飛鳥山の基です。
明治元年には明治天皇より皇都
守護「准勅祭社」の東京十社に定められ、現在まで東京の北方守護として鎮護しております。
神社由緒書きより
御祭神
伊邪那岐命
伊邪那美命
大照大御
速玉之男命
創建
不詳
再興:元亨2年(1322年)
事解・之男命
御神徳
熊野三社の御子神「王子大神」
は「開運除災」の神徳を以て崇敬され、厄除や家内安全、運気回生
に御神威深き神社です。
また江戸時代、春日局が当社に祈願し、めでたく家光の将軍就任が叶った故事から「子育大願」の神社として、初宮、七五三、安産、子授などにも御神徳があります。
-歲時記—
歳旦祭・初詣一月一日
元旦の午前•時より歳旦祭が行われ、新年を告げる太鼓とともに初詣が始まります。境内は多くの参拝者と、厄除や家内安全などの新年の御祈祷をする方々で賑わいます。
建国祭 二月十一日
総代参列のもと、建国記念日を祝い、神殿にて建国祭が執り行われます。
例大祭「槍祭」八月上旬(日曜日)
本祭の年には、神輿十数基によ
る「連合神輿渡御」が、本社祭の祈願し、めでたく家光の将軍就任が叶った故事から「子育大願」の神社として、初宮、七五三、安産、子授などにも御神徳があります。
御由緒
王子という地名は元亨二(一三
二二)年に領主豊島氏が熊野より当社を勧請した事に由来します。
以来、熊野信仰の拠点として尊崇を集め、戦国時代は小田原北条氏も当社を崇敬し朱印状を寄せて社領を安堵しております。
徳川時代、初代家康公は天正十九(一五九一)年に朱印地二百石を寄進、将軍家祈願所と定められてそれより「王子権現」の呼称で江戸名所の一つとなります。
三代家光公は社殿を新造し、林羅山に命じて「若一王子縁起」絵巻三巻を
作らせて当社に奉納しております。
その後も代々将軍の崇敬篤く、
特に八代吉宗公は紀州ゆかりの当
社を崇拝して元文二(一七三七)年に飛鳥山を寄進、桜を多く植えて庶民遊楽の地としました。これが現在の花の飛鳥山の基です。
明治元年には明治天皇より皇都
守護「准勅祭社」の東京十社に定められ、現在まで東京の北方守護として鎮護しております。
神社由緒書きより

お書き入れ

王子駅で降りて桜の時期や紅葉の時期は名所になる音無親水公園を歩く。夏季はじゃぶじゃぶ池として子供達が遊んでいます。

東京十社の一つ、王子神社。十社巡りも残るは品川神社だけになりました。




久々にコンデジを持ち出しましたが、屋外はディスプレイ見づらくて結局iPhone頼みになりました…そう考えると一眼レフのファインダー撮影は強いです。

太平洋戦争の戦災で社殿を焼失。戦後の昭和39年(1964年)、昭和57年(1982年)の二回の造営を経て社殿を再建。

髪の毛の神様!関神社
髪の毛にご利益があるとされている。 関神社は戦災により一度焼失しましたが、かつら屋や床山、舞踊・演劇関係など、髪の毛に携わる多くの業者により昭和34年に再建。
髪の毛にご利益があるとされている。 関神社は戦災により一度焼失しましたが、かつら屋や床山、舞踊・演劇関係など、髪の毛に携わる多くの業者により昭和34年に再建。

毛塚

すてき
投稿者のプロフィール
たまさぶ111投稿
2025年の初詣から神社仏閣巡御朱印集め始めました! 主に首都圏をチョロチョロ巡ってますが、いずれは参拝目当ての旅行もしたいところです。 元々歴史散歩好きでしたが、趣味のロードバイクと合わせて自...もっと読む
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