めいじでら|真言宗東寺派| 新浮侘落山
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正式名:新浮侘落山世尊院明治寺
別称:百観音明治寺
東京都中野区沼袋にある真言宗東寺派の寺院。
明治45年(1912)に明治天皇の病気平癒を祈願し、榮照法尼によって観音菩薩石像が建立されたが、観音開眼を待たずして明治天皇が崩御されたため、明治天皇のご冥福と明治時代という波乱の時代を振り返り、大正元年に観音開眼供養が行われた。
その後、政財界から庶民に至るまで多くの賛同者によって大正5年(1916)までに当寺院に百観音が整った。翌大正6年には本堂が完成した。
関東大震災による震災や第二次世界大戦による戦災を受けながらも、観音像の建立はその後も続き、現在では百八十体あまりの観音像が境内に建立されている。
現在、境内の一部は区に貸与され、百観音公園として開放されている。





明治45年、明治天皇のご病平癒を祈願申しあげるため開基草野栄照尼が1体の観音菩薩石像の建立を発願したが、帝は開眼をまたず崩御されたので、御冥福を念じ、明治という偉大な時代を振返って深く感謝をささげるために開眼供養を行った。合せて、いかなる時代になっても人々が観音様に導かれ、心の依りどころと生きる勇気を失うことのないよう願って、一大観音道場を建立したいと呼びかけた。これに賛同して政財界からー般庶民まで多くの寄進が相次ぎ、大正5年には百体の観音石像が整った。烹大正6年には本堂の落成に至った。現在まで震災や空襲の被害を受けながらも、観音像の寄進が続き、総計176体を数えている。昭和11年には宗教法人・明治寺と号した。境内には子育観音、魚籃観音、妻夫観音などの他に、六代目尾上菊五郎奉納の馬頭観音、旧華族、政財界の名士から、野方、沼袋の篤志家まで何百と名を連ねた観音像など、多数建立されていて、さながら観音浄土を感じさせてくれる。(中野区のページより)
庭の観音像の多さに圧倒される。実に圧巻だ。ついでに言うと、写真は撮影禁止となっている。だから、ホームページで納得してもらうか、自分で実際に行っていただくかだ。
私としては、是非一度は行って観音様に会っていただきたいと思う。




以前沼袋氷川神社までウォーキングお参りに行った際、もうすこし先まで距離を延ばして歩いてみようと思い、地図で調べていた明治寺中心に、4ヶ所をお参りしてきました。
沼袋到着する近辺で、少し迷いましたが、
四ヶ所が全部近かったので、めぐる時には迷わず、紅葉も楽しみながら、お参りさせていただきました。
明治寺の百観音は、自然を生かした中に圧巻でした。
まず御本堂でお参りしてから…とのことで、おまいりさせていただき、百観音の庭園へと…中は撮影禁止でしたが、肉眼でみているだけでも、目が足りない、時間も足りない状態でした。
到着したのが裏の入口になり、入ってすぐの末社にもお参りできました。
御朱印は、書き置きのみでしたが、パンフレットなども一緒に頂きました。
またゆっくり伺いたいと思っています。







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