御朱印・神社お寺の検索サイト

楽しみ方

しんがんじ|浄土宗八幡山

森巌寺のお参りの記録一覧
東京都 下北沢駅

1〜23件23件中
こばけん
こばけん
2023年12月05日(火)1357投稿

23.12.04。小田急線「下北沢駅」東口より徒歩10分、世田谷区代沢3丁目の住宅街にある浄土宗の寺院。
《せたがや百景》

山号 八幡山

院号 浄光院

創建 慶長13年(1608年)

開基 結城中納言秀康公

開山 清譽存廓上人

本尊 阿弥陀如来像

【縁起】〜当寺の案内書より〜
 開山の代より境内に淡島明神を祀って諸人の信仰を集め、また、『淡島の名灸』としても関東一円に知れるところから北沢という地名があるにもかかわらず当寺を中心とする一帯は俗に『淡島』と呼ばれています。
 開基の秀康公は、東照神君徳川家康公の二男として生まれましたが、器量すぐれ太閤豊臣秀吉の養子となりました。自らの複雑な立場を意識して、清譽存廓上人に自分の位牌を納める一寺の建立を遺嘱して世を去りました。上人は適当の場所を求めて、武州北沢の地に至り、ここに秀康公一周忌を卜して一山を開き、森厳寺と名づけました。

 本日は下北沢駅付近にて友人との会合があり、約束時間前に参詣。樹齢400年越えのイチョウの黄葉が素晴らしかったです。
庭師の方とお話ししましたが、ここ迄の眺めは都内の寺院では珍しいとのことです。また、落葉後の葉は4tトラック1台分との話でした。

もっと読む
のぶさん
のぶさん
2021年03月09日(火)1661投稿

森巖寺は、「りんがんじ」と読むのではなく「しんがんじ」と読みます。
1608年(慶長13年)に、結城秀康の位牌所として建立されました。
秀康は家康の次男ですが、豊臣秀吉との和解のために豊臣家へと養子に出されます。
その後豊臣秀頼が生まれたことにより、豊臣家から北関東の名家結城家に再度養子に出されます。
関ケ原の合戦時には、関東に残り上杉景勝と対峙し上杉氏の南進を阻止しました。
その武功により越前藩主となり、結城姓から松平姓へ戻すことが許されました。
改名した秀康は、越前松平家宗家初代となります。
慶長12年(1607年)には病状が悪化し死期を悟った秀康は、一乗院住職万世和尚に自分の死後に江戸の地に一寺を建立を託し、そこに自らの位牌所の建立を命じました。
その位牌所が、この森巖寺です。
万世和尚の高弟清譽存廓上人が、慶長13年(1608年)に当地で開山しました。
こちらのお寺の正式名称は、八幡山浄光院森巖寺と言います。
こちらの森巖寺は、浄土宗のお寺さんですので本尊は阿弥陀如来になります。
境内には、不動・閻魔堂に閻魔様と不動明王、弁天堂には弁才天が祀られています。
こちらのお寺の特筆すべきが、淡島堂です。
初代住職清譽存廓上人は紀州の出身で、持病の腰痛に悩まされていました。ある夜、故郷の淡島様が夢枕に立ち、灸治の零示を受けました。
早速、自分の足へ施灸すると、永年の腰痛が嘘のように全快したそうです。そのため、紀州加太の本社に願い出て境内に淡島様を勧請しました。
淡島様は女性にとってはとてもありがたい神様で、婦人病治癒を始めとして安産・子授け、裁縫の上達、人形供養などに霊験のある神様です。

もっと読む
行きたい
行った
お問い合わせ

最新の限定御朱印情報が届く!
御朱印メルマガを受け取ろう

利用開始をもって利用規約プライバシーポリシー
同意したものとみなします。

※購読はいつでも解除できます。

This site is protected by reCAPTCHA and the Google
Privacy Policy andTerms of Service apply.

御朱印背景
神社寺院のホームページが無料でかんたんに作れる!

ホトカミで困ったこと、不具合のご報告はこちらから

お問い合わせ