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木場 洲﨑神社の御朱印・御朱印帳
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳にお書き入れ | |||
| 御朱印の頒布場所 | 本殿右横の社務所 | ||
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 参拝時間 | 社務所9:00〜17:00 | ||
| 電話番号 | 03-3644-1092 | ||
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東京メトロ東西線「木場」駅から徒歩で2分のところに鎮座されています。
参拝中は生憎の雨だったのですが、「しとしと」という表現がぴったりな雨で、決して不快な感じはせずどちらかというと、「祓いの雨」という感じがしてむしろ心が清められる感じがしました。
朝早い時間の参拝だったのですが、地元の方が境内を近道として利用されているようでした。
ただ単に通り抜けるだけでなく、拝殿前でさっと頭を下げさりげなくお参りされる方が多く、地元の方々に愛されている神社なのだろうなと感じました。
<御祭神>
市杵島比賣命
元は広島の厳島神社の御分霊を斎祀して、洲崎弁財天社だったそうです。
洲崎神社HPには御由緒として以下のように記されていました。
「創立は徳川五代将軍綱吉公の生母桂昌院の守神として崇敬するところとなり、元禄十三年江戸城中紅葉山より、此の地に遷して宮居を建立してより代々徳川家の守護神となっておりました。
当時は海岸にして絶景、殊に弥生の潮時には城下の貴賤袖を連ねて真砂の蛤を捜り、楼船を浮かべて、妓婦の絃歌に興を催すとあり、文人墨客杖を引くという絶佳な所であったと伝えられており、浮弁天の名の如く海中の島に祀られてありました。」
徳川綱吉公の生母桂昌院の幼名は「お玉」で、八百屋の娘として生まれたそうですが、武士・本庄家の養女となり、その後公家出身の尼僧の侍女として奉公。
あるとき将軍家への挨拶のため江戸城を訪れると、家光公が一目ぼれをして家光公の側室になることに。
そして綱吉公をお産みになられました。
このことが、「玉の輿」という言葉の語源になったとのこと。


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