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《ミックジャギーの神社探訪》【4】
今日も、前回同様、負けず嫌いな知り合いのオジサン、山下幸三さんに薦められて、隅田川沿いに鎮座する『住吉神社』にお邪魔します!
神社周辺の街並みはキレイに整えられていながらも、下町の雰囲気を色濃く残していて、とても緩やかな空気が流れていますね!
まず、鮮やかな朱色の大鳥居をくぐって..
ん?
山下さんから着信が...
「あっ、もしもし」
『おう、ミックはん!』
「どうも、今、住吉神社に来てますよ」
『どうや?ええやろ、ワイが勧めた神社は』
「いいですねぇ..今、大鳥居を潜りましたよ」
『あのなあ、ミックはん、サイトに投稿するなら一番にならんとアカンよ!』
「え?いやっ、一応、投稿数のランキングはあるみたいですけど、別にこれ競争してる訳じゃないんですよ」
『アホッ、男やったら何事も一番目指さんとアカンやろ!』
「いや、そんなつもりで投稿始めたんじゃないんですけど..」
『何を甘っちょろい事言うてますの?』
「いや....取り敢えず神社の中に入ります。あれが拝殿ですね」

江戸時代に埋め立てて造られた東京都中央区にある佃島に鎮座されています。
江戸時代に現在の大阪市西淀川区佃に鎮座している田蓑神社から分祀されたとのことです。
もともと摂津國西成郡田蓑島の田蓑村(現在の大阪市西淀川区佃)に、神功皇后が住吉三神を遥拝した場所とされ住吉神社が祀られていたが、田蓑村が「佃村」と改名されることになり、田蓑の名を残すために住吉神社が田蓑神社と改名されたとのことです。
その後江戸時代に徳川家康が摂津國佃村の漁民を江戸に呼び寄せ、それによって佃村の漁民と住吉神をまつる田蓑神社の神職が江戸に移り住み、故郷の佃村に因んで現在の「佃島」を造り、この地に住吉神を分祀して住吉神社として祀ったのが創祀とのことです。
そしてその漁民たちが漁に出る船旅用の保存食として作ったのが「佃煮」であるとされているようです。
ちなみに、徳川家康が摂津國佃村の漁民を呼び寄せたのは、1582年の本能寺の変のときに、上洛していた徳川家康が少ない手勢で岡崎城に逃げ帰る際に、佃村の漁民が船を出し、道中食として小魚煮を提供したということがあって以来、家康の信任を得たことによるものとのことです。
御朱印・御朱印帳をいただきました。
感謝です!!拝。
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