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楽しみ方住吉神社のお参りの記録一覧
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東京都中央区佃に鎮座する神社。
天正年間(1573〜1592)、徳川家康が上洛し、摂津国西成郡佃村にある住吉神社に参詣した際、佃村および近隣の大和田村の漁民が神崎川に渡し船を出して家康一行を運び、白魚などを献上した。
これを機縁として、以後、両村の漁民は家康から西国海上隠密の用を受けたり、大坂の陣の際には軍船や魚の調達をするなどし、家康もまた両村の漁民に対し恩賞として全国での漁業権を与えた。
天正18年(1590)、徳川家康が関東下降の際、先述の佃村および大和田村の漁夫33人と神主・平岡権大夫好次が江戸に移った。
のち正保2年(1645)に江戸鉄砲洲向かいにある百間(約180m)四方の干潟を幕府から下賜され、漁夫らがこれを埋め立てて築島し、永住することとなる。
この島を故郷の摂津国佃村にちなんで「佃」と命名し、正保3年(1646)には、息長足姫命(神功皇后)と東照御親命(徳川家康の霊)の分霊を奉遷し、摂津国佃の住吉社(現・田蓑神社)の分霊(住吉三神)とともに祀るべく、住吉神社が創建された。




25.04.05。先の於咲稲荷神社•波除神社より徒歩3分。中央区佃1丁目の住宅街に鎮座。
御祭神 底筒之男命
(そこつつのおのみこと)
中筒之男命
(なかつつのおのみこと)
表筒之男命
(うわつつのおのみこと)
相殿神 神功皇后
徳川家康
創建年 正保3年(1646年)
社格等 旧郷社
札所等 東京下町八福神
【由緒】〜当社HPより抜粋〜
家康公が関東下向の際、摂津国佃の漁夫33人と住吉の社の神職が分神霊を奉載し江戸へ下り、寛永年間に幕府より鐵砲洲向かいの干潟を賜り築島しました。そして故郷の名をとり佃島とし、この地に社地を定め、正保3年6月29日 住吉三神、神功皇后、徳川家康の御神霊を奉遷祭祀しました。これが佃住吉神社の起源です。
こちらは東京下町八福神として参詣。約3年越しでの満願となりました。本日はさくら祭りや境内社の龍神社の例祭日などで、境内のテント内では甘酒やおしるこが無料で振る舞われており、多くの参詣者で賑わっていました。
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住吉神社は東京都中央区佃に位置し、長い歴史を持つ神社です。その起源は、神功皇后が三韓征伐を成功させた際、住吉三神の御守護を受けたことにさかのぼります。帰途、摂津国の田蓑島(現在の大阪市西淀川区佃)にて住吉三神を遥拝したことが、この神社の始まりです。
●徳川家康との関わり
その後、天正年間に徳川家康公と地元の漁民との関わりが深まりました。家康公は、田蓑島の村名を佃に改め、神社名も田蓑神社から住吉神社に改称するよう命じました。1590年には、家康公が関東に下る際、佃村の漁夫たちが神主と共に江戸へ移り、佃島を築島しました。この島は、故郷の名前にちなんで名付けられ、住吉三神や神功皇后、徳川家康の御神霊を祀る神社が創建されました。
●地域の守護神
佃島は江戸湊の入口に位置し、海運業や地域の人々から海上安全の守護神として信仰を集めました。江戸時代初期から地域の鎮守として、住吉神社は地元の人々にとって重要な存在でした。
●祭りと地域の文化
住吉神社では、例祭である神幸祭が重要な行事の一つです。八角形の神輿が関東では珍しいです。
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