かくりんじ
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楽しみ方覚林寺のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年03月14日(土) 17時48分26秒
参拝:2026年3月吉日
いつも何気なく利用する道でも、寺や神社に興味を持つと違った見え方になる。
この場所にお寺があることも気付くようになった。境内には絵馬があり、各々願いを書き記す。
それを読んでいて心が洗われた。
自分も頑張ろうと思う。
この地はかつて肥後熊本藩主細川家の中屋敷であった。寛永8年(1631年)、誕生寺18世可観院日延の隠居寺として開山。日延は李氏朝鮮第14代国王宣祖の長男、臨海君の子であり、文禄・慶長の役の際に清正によって日本へ連れてこられた人物であった。
弘化2年(1845年)、火災により全焼。現在の山門は安政3年(1856年)に、清正公堂の拝殿・幣殿は慶応元年(1865年)に再建されたものである。
江戸最初の七福神巡りとされる元祖山手七福神の一つ、毘沙門天を祀る寺でもある。
覚林寺(かくりんじ)は、東京都港区白金台一丁目にある、日蓮宗の寺院。山号は最正山。加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と通称される。付近の住民からは「清正公さま」と呼ばれ、勝負祈願の寺として信仰を集めている。旧本山は大本山誕生寺。潮師法縁
この場所にお寺があることも気付くようになった。境内には絵馬があり、各々願いを書き記す。
それを読んでいて心が洗われた。
自分も頑張ろうと思う。
この地はかつて肥後熊本藩主細川家の中屋敷であった。寛永8年(1631年)、誕生寺18世可観院日延の隠居寺として開山。日延は李氏朝鮮第14代国王宣祖の長男、臨海君の子であり、文禄・慶長の役の際に清正によって日本へ連れてこられた人物であった。
弘化2年(1845年)、火災により全焼。現在の山門は安政3年(1856年)に、清正公堂の拝殿・幣殿は慶応元年(1865年)に再建されたものである。
江戸最初の七福神巡りとされる元祖山手七福神の一つ、毘沙門天を祀る寺でもある。
覚林寺(かくりんじ)は、東京都港区白金台一丁目にある、日蓮宗の寺院。山号は最正山。加藤清正の位牌や像が祀られていることから清正公(せいしょうこう)と通称される。付近の住民からは「清正公さま」と呼ばれ、勝負祈願の寺として信仰を集めている。旧本山は大本山誕生寺。潮師法縁
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