真言宗智山派隅田山
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【授与品:夫婦狸】
天徳年間(957年~961年)に創建された真言宗智山派の寺院で本尊は毘沙門天。
境内を進むと大小さまざまな狸の置物が置かれています。
(このお寺は狸との関係が深そうだな…)と思っていると、左手に「狸塚」を発見。
年季の入った木製の看板に「狸塚のいわれ」が書かれていたので全文紹介します…
【狸塚のいわれ】
むかし、江戸幕府が開かれる少し前、今の多聞寺のあたりは隅田川の河原の中で草木が生い茂るとても寂しいところでした。
大きな池があり、そこにはひとたび見るだけで気を失い、何か月も寝込んでしまうという毒蛇がひそんでいました。また、「牛松」と呼ばれるおとなが五人でかかえるほどの松の大木がありました。この松の根元には大きな穴があり、妖怪狸がすみつき人々をたぶらかしていたのです。
そこで、鑁海和尚と村人たちは、人も寄りつくこともできないような恐ろしいこの場所に、お堂を建てて妖怪たちを追いはうことにしました。
まず、「牛松」を切り倒し、穴をふさぎ、池を埋めてしまいました。
するとどうでしょう、大地がとどろき、空から土が降ってきたり、いたずらはひどくなるばかりです。
ある晩のことでした、和尚さんの夢の中に、天までとどくような大入道があらわれて、「おい、ここはわしのものじゃ。さっさと出て行け、さもないと、村人たちを食ってしまうぞ。」とおどかすのでした。
和尚さんはびっくりして、一心にご本尊さまを拝みました。
やがて、ご本尊毘沙門天のお使いが現れて妖怪狸に話しました。
「おまえの悪行は、いつかおまえをほろぼすことになるぞ。」
次の朝、二匹の狸がお堂の前で死んでいました。
これを見つけた和尚さんと村人たちは、狸がかわいそうになりました。
そして、切り倒してしまった松や、埋めてしまった池への供養のためにもと塚を築いたのでした。
この塚はいつしか「狸塚」と呼ばれるようになりました。
狸塚は成敗された2匹の妖怪狸を供養するために建てられたのですね。
寺務所で拝受した夫婦狸は土人形(今戸焼き製)。
高さ5cmほどの恰幅の良い2体の夫婦の狸の尊像。
左は巾着を持ったオスの狸、右は笠を被ったメス狸。
けっこうリアルな顔立ち、お腹の出っ張り具合がポンポコ狸といった感じ。
「夫婦狸」は夫婦和合・金運向上のご利益があるそうです。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-432.html
入手日:1994年1月2日
※掲載されている内容は当時のものです
情報が古い場合がありますのでご了承下さい

【授与品:狸土鈴】
多聞寺は東京都墨田区に位置する真言宗智山派の寺院。
創建は不詳ですが、古くから地域の人々の信仰を集めてきました。
特に境内に残る「狸塚」にまつわる伝説は江戸時代から語り継がれる有名な話として知られています。
また多聞寺は隅田川七福神の毘沙門天を祀るお寺としても有名です。
拝受したのは狸の土鈴(今戸焼製)。
赤いちゃんちゃんこを着た可愛らしいタヌキで、裏には平仮名で「たもんじ」と彫られています。
この土鈴は狸塚にちなんで作られており、多聞寺で年間を通じて授与されています。
「狸塚」がある多聞寺は昔から狸と縁の深いお寺です。
伝説によると…
江戸幕府ができる少し前のことです。この近くの穴に「妖怪狸」の夫婦が住み着いていました。この妖怪狸は村人を脅かしたり、いたずらしたりと人々を困らせる事ばかりしていたそうです。そこで村人達は和尚さんと話し合い、本尊毘沙門天に祈ったところ、ある夜、毘沙門天門下の「禅尼師童子」が現われ、宝棒で妖怪狸を打ちすえたそうです。
次の朝、二匹の狸がお堂の前で死んでいたのを見つけた和尚さんは、妖怪狸の供養の為に石を立て、「狸塚」にしたということです。
優しい和尚さんの供養の気持ちは今も受け継がれ、伝説の「狸塚」は残っています。
※詳しくはブログ「郷土玩具の杜」をご覧下さい。
https://folktoys.blog.fc2.com/blog-entry-230.html
入手日:1994年1月2日
※掲載されている内容は当時のものです、情報が古い場合がありますのでご了承下さい。
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