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令和6年(2024年)4月28日(日)
東京都荒川区西日暮里の諏方神社に参拝
西日暮里駅のすぐ近くに諏方神社があるようで、そこはまだお参りしたことがないのでせっかくなので立ち寄ることにする。駅の西側にある坂道を上っていくと、右手に公園があり、さらに進むと小学校への入り口があってそこには高村光太郎の記念碑がある。この小学校を卒業したのだそうです。「正直親切」と彫ってあって、それは光太郎の文字とのこと。石の彫刻もあるのだがそれは違うらしい。紛らわしい。
その先に諏方神社の裏口がある。
ここから西日暮里駅を見下ろせるし、駅の音が結構聞こえてきて賑やか。
拝殿脇には御嶽山もある。
御朱印をいただく。書き置きのみ。500円

西日暮里駅が見える諏訪台上に鎮座しています。西日暮里公園脇の坂を線路沿いに上がり西の鳥居から入りましたので、いったん参道を表参道鳥居まで戻りました。駅近で、駅へ行くルートになっているためか、ちらほら参拝客がみえます。
境内は思ってた以上に広く、境内からは山手線が見えます。江戸の町は起伏が多く、昔は気色が良かったのだろうと思いを馳せました。生憎と開けているのは東側なので富士山は見えません。もしかしたらスカイツリーが見えるのかもしれませんが未確認です。社殿は境内より高くなっており正面以外にも東西に石段・鳥居がありました。まだ今の時期は御朱印は書置き対応と云うとのことでしたがご亭衛に対応していただきました。帰りは東側鳥居より地蔵坂を下って行きました。


東京都荒川区に鎮座する神社で日暮里・谷中の総鎮守である。諏訪大社を本社とする諏訪信仰の神社のひとつ。
例祭は毎年8月、境内や周辺の道路に露店が立ち並び、多くの人々で賑わう。また、3年に一度の御神幸祭と呼ばれる大祭では本社神輿が町内を渡御する。
元久2年(1202)の創建で、豊島経泰が諏訪大社から勧請したという。
文安年間(1444~1499)に太田道灌より社領の寄進を受け、その後、徳川三代将軍家光から社領5石の朱印を与えられ、江戸幕府も追認した。社殿はもとは山の麓にあったというが、寛永12年(1635)に山上が開削された際に現在地に遷座した。
江戸時代は谷中町や日暮里村の総鎮守として崇められており、谷中町を担当していた町火消「れ組」が奉納した鳥居や狛犬が現存している。
明治時代になると、旧新堀村、現在の日暮里地区、および谷中村の総鎮守として、近郊の人々に篤く崇敬されるようになった。
昭和20年(1945)3月の空襲で被災したが、昭和27年(1952)復興した。


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