日蓮宗慈雲山
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瑞輪寺は、東京都台東区谷中に位置する日蓮宗の本山であり、山号は慈雲山です。この寺院の歴史は、徳川家康公と慈雲院日新上人との深い関わりに始まります。日新上人は家康公の幼少期の学問教育の師でもありました。彼は天正六年に身延山に入山し、法灯を継承しました。家康公との交流は、将来の弘通所の地に関する約束へと繋がります。
●開基の歴史
1591年、家康公は約200メートル四方の土地を日本橋馬喰町に寄進し、瑞輪寺が創建されました。その後、寺は1601年に神田へ移転し、1649年に現在の谷中に再建されました。
●除厄・安産飯匙祖師
瑞輪寺の正面には、江戸十大祖師の一人である除厄・安産飯匙の祖師が祀られています。この祖師は、日蓮大聖人が佐渡流罪から帰還する際、武蔵国で難産に苦しむ女性を救ったとされ、その後、安産を願う信仰が広まりました。
●寺宝と文化財
瑞輪寺には多くの文化財が保存されています。その中には、台東区指定有形文化財の釈迦如来座像や、江戸時代に建立された鐘楼堂などがあります。また、大久保主水の墓や大沼枕山の墓もあります。
●相撲との関わり
瑞輪寺は、1975年に起こった「押尾川の乱」の舞台としても知られています。この事件は、相撲界の後継者争いから生じたもので、押尾川親方が弟子たちとともに瑞輪寺に籠城するという異例の事態が発生しました。相撲ファンにとっては、瑞輪寺はその歴史の一部として語り継がれています。
●現在の瑞輪寺
2004年には、開府400年を記念して大規模な修復が行われ、本堂や山門、鐘楼堂が美しく再建されました。また、2006年には本山に昇格しました。
等頭は十五坊が存在しましたが現在は浄延院、体仙院、正行院、久成院、本妙院の五院となります。

📿our video
https://youtu.be/3_SVtJe7RUo?si=3iGAAfOJ4d8fqn5s
The priest that write our Goshuin also gave us a Manju
Zuirinji was established by Jiun-in Nisshin, who originally received the support of Tokugawa leyasu, the first Shogun of the Edo Era.
As the 17th Chief Abbot of Minobusan Kuonji, Nishin officiated at the 300-year memorial service of Nichiren Shonin in 1581. Commemorating this event, leyasu, who was then a district governor, visited him at Minobusan in
1582. leyasu promised Nishin to establish a temple to spread Nichiren Buddhisum as a token of his appreciation for tutoring him at a young age.
After unifying Japan, leyasu delivered on his promise by establishing a temple named Zuirinji, at Nihonbashi Bakuro-cho in Tokyo. The original temple was approximately 200 square meters. However, it burnt down from fires in 1595 and 1601. It was then moved to the present location in
Yanaka, with the support of Ukyo Ando.
The temple again suffered extensive damage in a typhoon in 1856 and during a civil war of 1868. However, since then, the successive head priests have made great efforts to strengthen Zuirinji, establishing it as one of the most important temples of Nichiren-Shu.
The temple once had 15 bo (subordinate temples) but now counts 5: Joen-in, Taisei-in, Shogyo-in, Kujo-in and Honmyo-in.
Commemorating 400 years since the opening of the Edo period by Tokugawa leyasu, the 56 Abbots Nissho made numerous restorations to the main hall, as well as other buildings on the temple property, such as the gate, belfry, main alley and added the new mausoleum.

こちらで目に付くのは、やはり、徳川葵の紋所だ。
開基は、なんと!!徳川家康公なのだ。
実を言うと、何を勘違いしたのか、飯匙祖師堂が入口だと思い、入っていったのだが、行き止まり。
何やねん。ネット情報よりも小さい寺やねん。人もおらんねんで。
と、ブツブツと。
いや、申し訳ない。道をぐるりと曲がると、立派なお堂が観えてきたではないか。
谷中を歩くと、日蓮宗のお寺が多く。殆どは、この瑞輪寺の末寺のようなのだ。今もこれだけの敷地と建物が残っているのは素晴らしいが、江戸時代はもっと違っていたのではないか、とも思うのだ。
寺のホームページを観ると、明治初めの上野戦争で、跡形もなく焼けてしまったとある。
恐らくは、東京大空襲での被害もあろうから、ここまでになるには、多くの先人の想いがあったのだろう。
過去と現在と繋がる想いがするのだった。
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