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上野大佛のお参りの記録一覧
東京都 京成上野駅

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らんでぃー
らんでぃー
2026年05月30日(土)394投稿

麗らかな春の陽気に誘われ、上野恩賜公園に散歩に出かけました。 ソメイヨシノはまだ満開とはいかないまでも、早咲きの桜がほころび始め、その淡い色を楽しむ花見客で公園は活気に満ちていました。 公園内の「EVERYONEs CAFE」というカフェにて軽めのランチを頂いた後、上野大仏のある大仏山という小高い丘へと向かいました。 現在の上野大仏は、顔の部分だけがレリーフとして残されており、その側には薬師仏を祀るパゴダ様式(ミャンマー様式)の祈願塔が併設されています。 寛永8年(1631年)、越後国(現在の新潟県)村上藩主・堀直寄(ほり なおより)によって寄進された上野大仏は、当初は像高約6mの釈迦如来坐像でした。 しかし度重なる災禍で損傷を受け、その都度復興されるものの、大正12年(1923年)の関東大震災により頭部が落下してしまいます。 さらに戦時中の金属供出で胴体部も失われて、寛永寺に保管されていた顔だけの大仏となったその姿が昭和47年(1972年)に現在の場所へ戻され、今日に至っています。 暫く顔だけとなった大仏の前に立ち、その静かな表情に積み重ねられた時の流れを感じました。 やがてその余韻を胸に丘を後にし、散策を再開して不忍池の辯天堂へと向かいました。

上野大佛(東京都)

寛永寺/上野大仏・顔面のみとなった上野大仏

上野大佛(東京都)

寛永寺/上野大仏・祈願塔

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くろぶつ
くろぶつ
2026年02月11日(水)159投稿

この日、上野の国立科学博物館で企画展を観た後の午後にお参りしました。何度か参拝していたのですが、御朱印を頂く目的もあったので。

 かつて上野の山にあった象高約6メートルの大仏様(釈迦如来坐像)。たびたび罹災しているが、仏殿も大仏様もその都度復興されてきた。しかし、1875年(明治8年)上野恩賜公園の整備に際して仏殿は撤去される。
 露座となった大仏は、1923年(大正12年)の関東大震災で頭部が落下。その後胴部は解体撤去され、頭部とともに寛永寺が保管していたが、結局再建されることはなく、太平洋戦争中に顔面を除く頭部と胴部が供出されてしまう。

1972年(昭和47年)、寛永寺に保管されていた顔面部がレリーフとして安置された。胴体を失った顔面は「これ以上落ちない」ということから「合格大仏」と呼ばれ、合格祈願に訪れる受験生が絶えない。

大仏パゴダ(仏塔)の御本尊(薬師三尊象)にお参りしたあと、大仏様のお顔にも手を合わせました。優しそうなお顔ですが、幾度の厄災を経てこのお姿になったと思うと、一層有り難く思われます。境内に合格祈願の絵馬が数多くびっしり掲げられているのを見て、受験生の真摯な思いが伝わって来ました。今年もそんな時期になったのかと。受験生の皆さん、是非頑張ってください。

肝心の御朱印ですが、授与所で「御朱印は土曜日だけなので」と言われてしまいました。(この日は日曜日)。授与所に詰める人がいないそうです。「また土曜日に来ます」と答えて境内を後にしましたが、どの世界も人手不足で大変だなと思ってしまいました。

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