まりしてん とくだいじ|日蓮宗
摩利支天 徳大寺のお参りの記録一覧

徳大寺(とくだいじ)は、東京都台東区上野にある日蓮宗の寺院で、正式名称を妙宣山徳大寺といいます。江戸時代初期の寛永年間(17世紀前半)、慈光院日遣上人によって創建されました。寺には開運大摩利支天が祀られ、全国から参詣者が訪れるようになり、上野広小路の発展にも寄与しました。
● 摩利支天とは
摩利支天(まりしてん)は、仏教における守護神の一つで、「陽炎」や「威光」と訳されます。強い神通力を持ち、日天に先んじて進み、絶えず光を放つとされる神であり、信仰することで「気力・体力・財力」を授かり、「厄を除き、福を招き、運を開く」と伝えられています。そのため、古くから武士や民衆に篤く信仰されました。
● 徳大寺の摩利支天像
徳大寺に安置される摩利支天像は、聖徳太子が自ら彫刻したものと伝えられています。右手に剣を掲げ、左手を前に差し出し、走る猪の背に立つ姿が特徴的です。宝永五年(1708年)に当山へ安置され、江戸時代から多くの人々の信仰を集めてきました。
● 江戸時代の信仰と発展
摩利支天信仰は、江戸時代に武士から町人へと広がり、庶民の間でも流行しました。特に十二支の「亥の日」には多くの参詣者が訪れ、門前通りは「摩利支天横丁」と呼ばれるほどの賑わいを見せました。戦国武将の楠木正成や徳川家康、大石内蔵助なども摩利支天を信仰していたとされています。
● 戦災を乗り越えた歴史
徳大寺の堂宇は、大正十二年(1923年)の関東大震災、昭和二十年(1945年)の東京大空襲で二度焼失しました。しかし、摩利支天像は奇跡的に焼失を免れ、その後、昭和三十九年(1964年)に本堂が再建されました。本堂正面には、吉田茂元総理大臣が揮毫した「威光殿」の扁額が掲げられています。
● 現代の徳大寺
現在も摩利支天徳大寺は、日本三大摩利支天の一つとして全国からの参詣者を集めています。開運厄除、商売繁盛、必勝祈願などのご利益があるとされ、特に政治・芸能・スポーツ関係者にも信仰されています。毎月の「亥の日」には縁日が開かれ、多くの人が訪れる上野の名所となっています。
● 摩利支天のご利益
摩利支天の信仰は、江戸時代の疫病流行時や戦国時代の武士たちの間で広まりました。現代においても、新型コロナウイルスの流行や自然災害など、多くの困難がある中で、「運を開き、厄を除き、災いに打ち勝つ」ご利益を求め、多くの人が訪れています。
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