だいにちじ|東寺真言宗|黒巌山(こくがんざん)
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楽しみ方大日寺のお参りの記録一覧
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東寺真言宗 黒巌山 遍照院 大日寺
四国八十八箇所霊場 第4番札所
こちら大日寺には西国三十三ヶ所観音霊場の観音菩薩像が安置されているということで、それらも楽しみに参拝させていただきました。
山門は比較的新しく鐘楼門となっており、鐘を撞くことができます。
鐘楼門の鐘楼はあまり撞き慣れていないため、どの程度引いていいのかわからず恐る恐る引いてみると思っていたよりも弱くかった・・・😅
まあ強く撞きすぎて鐘を痛めるよりはいいですよね。
山門をくぐり境内に入ると、まっすぐ本堂へと続く参道。
あまり古さはなく、むしろ洗練された印象を受けました。
そして本堂でお参り後、回廊を通って大師堂に行けるのですが、敢えて回廊を通らずに大師堂へ。
そして大師堂で参拝後、回廊を通ってまた本堂へ。
本堂へ戻ることが目的ではなく、この回廊沿いに西国三十三ヶ所観音霊場の三十三躯体の観音菩薩がずらっと安置されており、それらをじっくり時間をかけてお参りさせていただきました。
三十三躯体の観音菩薩像はどれも素晴らしくとても素晴らしかったです。

憧れの四国八十八霊場巡り 2回目に出かけました。
前回は法事で徳島に行ったのですが 今回はお参りだけで行けました。
道には詳しくないので 札所の番号順にしました。
四国八十八カ所霊場巡り 4番札所のお寺です。
山号は黒巌山
院号は遍照院
宗旨宗派は東寺真言宗
寺格は準別格本山
ご本尊は大日如来
です。
ご真言とご詠歌は
本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん
ご詠歌:ながむれば月白妙(しろたえ)の夜半(よわ)なれや ただ黒谷(くろたに)にすみぞめの袖(そで)
でした。
1番~4番札所まで大変立派なお寺でしたが こちらも大変立派なお寺でした。
山門が仁王門ではなく鐘楼門でした。
お天気が良かったこともあり 参拝者も多かったです。
本堂も大師堂も見事ですが 個人的には違うものが気になりました。
大師堂から本堂にかけて回廊があり 西国三十三観音霊場のご本尊が並んでいたのです。
四国八十八霊場に 西国三十三観音霊場 違う霊場巡りのご本尊が並んでいるのが不思議だからです。
そういえば ミニ八十八霊場巡りとか ミニ三十三霊場巡りとか 結構見かけます。
少し得をした気分になって 写真撮りまくりです。(すみません)
団体様が巡礼されており 御朱印の拝受に時間がかかったのが少し残念でした。
由緒については
寺伝によれば 弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)がこの地において大日如来を感得し 一刀三礼をして一寸8分の大日如来を彫像したことを由来として大日寺と称するようになったと言われる。
元禄2年(1689年)の寂本という僧侶によれば「四国遍礼霊場記」や文化12年(1815年)の「阿波誌」の記述に応永年中(1394-1428年)に松法師なる僧侶が荒廃した寺院を再建したと記述がされている。
大日寺は 称徳4年(1714年)に御室仁和寺の直末寺となっている。
かって明治前期に住職であった泉智等は真言宗御室派の官長となっている。
その後、明治時代に東寺(京都)の末寺となっている。
とHPにありました。


【黒厳山(こくがんざん)遍照院(へんじょういん)大日寺(だいにちじ)】
本尊:大日如来
宗派:東寺真言宗
開基:弘法大師
大日寺は、815(弘仁6)年、この地で修行した弘法大師(774-835)が開いた。大師はここで修行したとき、大日如来を感得して大日如来像を彫り、本尊としたことを由来として大日寺と称するようになったと言われる。
大日寺は、かつて立派な堂塔が並ぶ荘厳で広々とした境内だったが、歳月の経過とともに荒廃と再建を繰り返しており、江戸時代には、大日如来を守り本尊とする阿波藩主の蜂須賀家によって大修理が施されている。
また、この地は三方を山に囲まれており、黒谷と呼ばれていることから、地元では「黒谷寺」と呼び習わされることもあった。山号である黒巌山の由来もこのことに因んだものとされる。

【04_T.Hamada's view】
山門(楼門)は、2018(平成30)年に新再建されている。

【04_自然と一体化した景観】
人里離れた黒谷川上流に位置する大日寺の本尊は、宇宙と一体した中心的な存在の大日如来。山や空と調和がとれた景観は美しい。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

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