きりはたじ|高野山真言宗|得度山(とくどざん)
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切幡寺の御朱印・御朱印帳
真ん中に千手観音、左に切幡寺と書かれ、右上に四国第十番の印、真ん中に梵字の印、左下に幡の印が押され、左上に第一番笠和山霊山寺の文字が入っています。 | |||
| 限定 | - | ||
|---|---|---|---|
| 御朱印帳 | - | ありません | |
| 参拝時間 | 7:00~17:00 | ||
| 電話番号 | 0883-36-3010 | ||
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四国八十八か所第10十番札所の切幡寺を参拝しました。
石柱から山門までの上り坂がかなり急でめちゃくちゃしんどかったです。ようやく到着したと思ったら永遠に続く階段が・・・。333段もあるの(泣)。登ってる途中で参拝を終えたおじいさんから「もうちょっとやから頑張り!」と励まされました。正直、熊谷寺と切幡寺の坂でヘロヘロです。ようやく本堂にたどり着いた時には足が笑ってました。奥の院まで行きたかったのですが、帰りの約30kmの道のりを考えて断念しました。すだち冷かけを食べてエネルギチャージしてなんとか家にたどり着きました。

石柱の間から激坂が・・・

山門に到着。めちゃくちゃしんどかった。



まだ登るの・・・


最後の階段。もう一息。

ようやく到着







すだち冷かけ+ちく天でエネルギーチャージ

■四国八十八ヶ所:第10番札所「切幡寺(きりはたじ)」です。
山門まで「333段」の石段を上がれば、阿波の地がとてもいい眺めです。
参拝意外でこちらの注目は、なんと言っても「多宝塔(大塔)」です。少し本堂から、上がることになりますが必見です。通常の多宝塔は「2階部」が円形ですが、こちらは「方形」となっていることも全国的には珍しいと思われます。
説明文を読むと、元々大阪の住吉にあった「神宮寺」が廃寺となり、明治初期、当時のご住職が買取ったうえ、15年かけて「移築」されたそうです。重機のなかった時代、とてつもない大移築であったと想像します。

仁王門

多宝塔

多宝塔

参道

参道:経木場

本堂

大師堂(左)・鐘楼

境内より


お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

お遍路(逆打ち) 四国八十八巡礼。
10番 切幡寺。

【得度山(とくどざん)灌頂院(かんじょういん)切幡寺(きりはたじ)】
本尊:千手観世音菩薩
宗派:高野山真言宗
開基:弘法大師
この地で修行中の弘法大師(774-835)が僧衣を繕うため、機織(はたお)りの娘に布切れを所望したところ、織りかけの布を惜しげもなく差し出した。心打たれた大師が娘の願いを聞いて千手観音像を彫り、娘を得度(とくど)(仏門に入る)させて灌頂(かんじょう)(仏門に入る際に香水を頭に注ぐ儀式)を授けると、娘は七色の光を発して千手観音菩薩になったという。大師は、このことを時の嵯峨天皇に伝え、天皇の勅願により堂宇を建立して自ら彫った千手観音像を南向きに、また即身成仏した千手観音像を北向きに安置して本尊にしたと伝えられる。山号や寺の名前はこうした由縁による。

【10_T.Hamada's view】
本堂

【10_はたきり観音】
機織りの娘が弘法大師の衣服を繕い、その後即身成仏したことから建てられた「はたきり観音」。右手にハサミ、左手に布を持った観音像。(四国霊場開創1200年記念絵はがき)

【10_はたきり観音】
大師堂の横にある。

【10_大師堂】

【10_仁王門】
駐車場の手前にある。

【10_仁王阿形像】

【10_仁王吽形像】

【10_手水舎】
山雀(ヤマガラ)の水浴びに遭遇。

【10_不動堂】

【10_大塔】
大塔は、豊臣秀頼が秀吉の菩提を弔うため大阪の寺に寄進したものを、明治維新の際の神仏分離令による廃寺後に移築したもの。初重(しょじゅう)(1階)と二重の間が方形という日本唯一の様式である。

【10_本堂へ続く路】
山門から本堂へ続く石段は333段。ここ切幡寺からお遍路の険しさが見られるようになる。

切幡寺の御朱印・御朱印帳コレクション全50枚
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