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法話と天井絵の寺 観音寺の日常(315回目)徳島県立道駅

許せないと思うことはありますか?

投稿日:2023年08月28日(月)
「許せない」と思うことはありますか?

誰にも言えない、墓場まで持っていくことだけれど、許せないことがあるかもしれません。

ある男性は、子どものときに自分と母親を捨てて
他の女性のもとに走った父親をずっと恨んでいました。

「お父さんがいなくなったから、お母さんはこんなに苦労をしているんだ。絶対に僕はお父さんを許さない」と思って生きてきました。

十数年後、ずっと連絡のなかった父親が入院していることが分かりました。

医師から
「がんのために入院しています。余命3ヶ月だと思ってください」
と連絡がありました。

「これまで勝手に生きてきたのに、何で今さら連絡があるんだ? 一言、文句を言ってやる」と思い、病院を訪ねました。

彼が医師に案内をされて病室に入ると、ベッドにやせ細った老人が眠っていました。年老いて小さくなってしまった彼の父親の姿に間違いありませんでした。

その姿を見て彼は何も言うことができませんでした。なぜだか涙が溢れて止まりませんでした。「ひと言文句を言ってやろう、反論するなら殴ってやろう」と思っていましたが、できませんでした。

しばらくして目を覚ました父親は、ベットの横に立っている彼を見ると、すぐに自分の息子だと分かったようでした。

父親は一瞬、驚いた表情をしましたが、何も言わず黙って彼を見つめていました。
二人は無言のまま、しばらく見つめ合っていました。

やがて、父親はゆっくりと目を閉じて眠り、彼はゆっくりと病室を後にしました。

「父に文句を言いに来ました。でも、父を見た瞬間に、なぜかすべてを許すことができたんです。父も必死に生きてきたんだと思えたからかもしれません」

と彼が医師に話すと、

「この写真で連絡先が分かったんです」

と1枚の写真を手渡されました。それは、彼が小学校1年生のとき、野球のユニホームを着てお父さんと一緒に撮った写真です。

その裏には名前と連絡先、そして誕生日が大きな字で書かれていました。

 
過去の辛い出来事が他人のせいである場合、その思いを持ち続けても、良いことは何1つありません。
過去の事実を変えることはできませんから。

しかし、今生の別れを前にして言葉は必要ないのかもしれません。互いに今までの生き様を垣間見ることができただけでいいのです。

お大師さまは
「何度生まれても生の始まりを知らず、何度死んでも死の終わりがどうなるのか知らない」と説きました。

私たちの人生は思うようにならないものです。生と死も思うようになりません。だからといって捨て鉢になるのではなく、生き様を残していくことはできるのです。

合掌

仏教の知恵で心豊かに過ごせますよう祈念しております。

すてき

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