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小山評定が行われた須賀神社!
今年の夏にお仕事でお世話になります。何卒無事に繁盛して終わりますように!
小山評定は、徳川家三百年の安泰の道筋をつけた重要な軍議で、一説によれば、慶長5年(1600)に、ここ小山の地で開かれたといわれています。
徳川家康は7月24日、上杉景勝を討伐するために会津(福島県)に向かっていた途上、下野国小山に本陣を置きました。その時、石田三成挙兵の報が入り、翌25日、急遽家康は本陣に諸将を招集して軍議を開き、「このまま上杉を討つべきか、反転西上して石田を討つべきか」を質したのです。これが世にいう「小山評定」です。
家康に従う諸将のほとんどは豊臣家譜代の武将で、大坂に妻子を残してきており、その去就が家康にとっては興亡の境目だったのです。
このとき、尾張国清洲(愛知県)城主の福島正則が家康のために命を投げ出すことを誓い、続いて遠江国掛川(静岡県)城主の山内一豊が、「家康に城を明け渡してまでもお味方します」と進言しました。一豊の建議が諸将の気持ちを動かし、家康支持で固まったのです。家康は、特にこの時の一豊の建議を、「古来より最大の功名なり」と激賞しました。
こうして、家康率いる東軍は、石田三成討伐するため西上することに決したのです。


天慶の乱に際し、藤原秀郷公は素盞嗚命に戦勝を祈願し、成就することが出来たので、天慶3年(940)4月、京都の祇園社(八坂神社)から御分霊を勧請して祀ったのがはじまり。
当初は小山の字北山に祀られたが、小山城の築城に際し、平治年間(1159〜60)に現社地に遷座され、城の鎮守となる。
慶長5年(1600)7月、徳川家康公は当社境内にて小山評定(軍議)を開き、参籠して関が原の戦勝を祈願した。のち祈願成就したことにより、その報賽に51石余の社領を寄進し、うち15石が朱印地とされた。
また、徳川家康公の崇拝神社なる故をもって、万治元年(1658)に日光東照宮を造営した職人によって同宮の縮尺で奉製された朱神輿が奉納された。



小山市総鎮守
まぁここは祭神も無難にスサノオだし、年中無休の大社なのでいつ行ってもハズレはないだろうと後回しにしてましたw
てゆーか大きい市街地走るのが苦手。 宇都宮、前橋・高崎、熊谷辺りの中心部の寺社にほとんど行ってないのもこれが理由です(^^;
予想通り、特にケチの付けようもなく無難に楽しく参拝w
強いて言えばこの辺から雨が強くなって傘がちょっと鬱陶しかったくらいかな。
須賀神社ではなく御年大神の御札を受けました。
年神関係は正月に授かるものかと思うけど、なぜかこれだけ他の札より大幅に安くて釣られましたw
待てよ・・・もしかしたら正月の売れ残りの在庫処分でセール価格になってるとか?(;・∀・)
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2020年年末・「水琴窟」から2021年、初詣・初日の出を栃木県小山市近郊で撮影しました。また、「渡良瀬遊水地」からの富士山も素敵でした。
お時間のある方は、以下「YouTube 投稿動画」を見てください。
<撮影禄>
・水琴窟・・・栃木市惣社町にある、大神神社に年末にお参りしご朱印
を頂き素敵な音に心なごみました。
・初詣・・・小山市の須賀神社へ夜明けに前お参りさせてもらいました。
・初日の出・・・県道沿いの田んぼの中、平野の先から温もりを感じる
ことが出来ました。
・富士山・・・関東地方の安全を安心につなげてくれる、渡良瀬遊水地で
富士山に安寧を願いました。
皆様にとって良い年となりますよう心より願います。
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天慶の乱に際し、藤原秀郷公は素盞嗚命に戦勝を祈願し、成就することが出来たので、天慶3年(940)4月、京都の祇園社(八坂神社)から御分霊を勧請して祀ったのがはじまり。
当初は小山の字北山に祀られたが、小山城の築城に際し、平治年間(1159〜60)に現社地に遷座。城の鎮守となる。
慶長5年(1600)7月、徳川家康公は当社境内にて小山評定(軍議)を開き、参籠して関が原の戦勝を祈願した。のち祈願成就したことにより、その報賽に51石余の社領を寄進し、うち15石が朱印地とされた。
また、徳川家康公の崇拝神社なる故をもって、万治元年(1658)に日光東照宮を造営した職人によって同宮の縮尺で奉製された朱神輿が奉納された。
栃木県のおすすめ2選🎌
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