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四天王寺聖徳太子1400年限定御朱印大バナー2022年10月※滿福密寺ではいただけません

まんぷくみつじ

滿福密寺

栃木県 栃木駅

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0282-24-8260

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
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パーキング
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おすすめの投稿

くし
2021年03月21日(日)
917投稿

彼岸は檀家さんの邪魔になりそうなので、この日は菩提寺以外は神社だけ拝む予定だったのですが・・・
栃木神明宮に隣接して無視するにはあまりに惜しい大伽藍が2つも見えちゃったので、煩悩に負けて行ってしまいました(^^;

これはスゴイ・・・Σ( ̄□ ̄;)
圧倒されました! 調べてみたら江戸時代に火災で全焼し昭和期に復興、本堂は築10年前後と、建物群は結構新しいらしい。
こんな大伽藍でも民家程度の本堂の時代が長く続いたり、無住の時代もあったんだとか・・・まさにお寺の歴史自体が栄枯盛衰、諸行無常を体現してますな。

今日は不在のようで、噂の三鬼尊はどれかわからなかったので、また縁があったら来てみたいと思います。

滿福密寺の御朱印滿福密寺の御朱印滿福密寺の建物その他滿福密寺(栃木県)滿福密寺の建物その他

太い注連縄が巻かれた岩

滿福密寺の建物その他

フム・・・なるほど

・・・すみません、サンスクリット語読めませんw orz

滿福密寺の地蔵滿福密寺の本殿滿福密寺の仏像滿福密寺の本殿

右手のこちらが本堂

滿福密寺の地蔵

地蔵堂

滿福密寺の建物その他

大師堂
こっちが本堂じゃね?と思ったら、現本堂は2011年建立と新しく、やはりこちらが旧本堂だったようです

滿福密寺の本殿

提灯でかっ!

滿福密寺の建物その他

先達がお遍路達成済み

滿福密寺の建物その他

様々な願望に特化したお大師様

滿福密寺(栃木県)

いくつかチョイスして拝んできました

・・・25体くらい(^^; 欲望大杉だろw

滿福密寺(栃木県)

裏にもあるのかよ!Σ(´∀`;)
裏は健康・病気平癒系に特化したものが多いようで、身体の部位や症状に合わせて細分化されてました
無病息災と病気平癒で充分じゃね?と思いつつも、やはり選んでしまって拝むw

滿福密寺の建物その他

偉人の墓があるらしい・・・
お彼岸は最低でも墓場凸だけは避けようと思ったけど、好奇心に負けて侵入(^^;

滿福密寺(栃木県)

「孤高の日本画家」とは('_'?)
Wikipediaを見たら「中央画壇とは一線を画し」と書いてあった
よく知らんけど美術界は結構権威主義的らしいので、いろいろあったんでしょうなぁ・・・

滿福密寺のお墓

絵はわからんけど、権威に縛られず自由に生きるというのには多いに共感するので、そっと手を合わせてきました(―人―)

滿福密寺の建物その他

・・・出川哲朗?(すみませんw)

滿福密寺の地蔵

北東の隅に鬼門を守るように地蔵と稲荷あり
苦抜き地蔵

滿福密寺の末社

繁昌稲荷
隣り合わせですが、稲荷は南向きで地蔵は北向きです

滿福密寺の庭園

お寺からの第二公園と栃木神明宮の眺め

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断捨離
2020年06月02日(火)
858投稿

日本で唯一、三尊一体の鬼神像(三鬼尊)をお祀りしています。
「悪運断ち」「病魔退散」「子育安全」のご利益があります。
周辺は高そうな料亭が並び、ちょっと敷居が高そうな感じでしたが大師堂は誰でもお参りできるよう開けられ来る者は拒まずって感じでした。
残念ながら、このご時世で御朱印はいただけませんでした。

滿福密寺の建物その他滿福密寺の地蔵

六地蔵

滿福密寺の本殿

本堂

滿福密寺の仏像

亡き人の魂をあの世に導く十三仏

滿福密寺の建物その他

観音堂

滿福密寺の地蔵

身代わり地蔵尊

滿福密寺の建物その他

大師堂
こちらに三鬼尊がいらっしやいます。

滿福密寺の仏像

ピンコロ大師
撫でます。

滿福密寺の建物その他

撫でます。

滿福密寺の仏像滿福密寺の仏像

三鬼尊
真ん中の鬼が鎖に繋がれています。
夜な夜なお酒を食らいに行くので、繋がれました。

滿福密寺の建物その他

通りの脇に稲荷神社

滿福密寺の地蔵

身代わり地蔵尊
こちらも通りに面しています。散歩途中でもお詣りできます。

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歴史

真言宗智山派の寺院。山号を「教王山」、院号を「遍照光院」という。奥の細道霊場十八番札所。

鎌倉時代の1262年(弘長2年)、洛南醍醐寺報恩院の学僧 憲深和尚の室にいた朝海法印が、日光修験に赴いた折、下野国都賀郡太平山の山麓(現 栃木市薗部町)に住坊を建立し、山林修行に励む傍ら天下泰平・万民豊楽の祈祷を行ったことに始まる。
天正年間、皆川城主・皆川広照の栃木城及び城下町造営の際、命によって現在の地(栃木市旭町)に移され、城下町東の木戸守衛を兼ねる。1591年(天正19年)11月には、関東八州に移った徳川家康の鷹狩りの折休息所となり、住持の応接にすこぶる満悦し朱印五石を賜わる。
以来寺勢大いに振い、江戸期には十間四面の大本堂を中心に、大門・御成門・多宝塔・大師堂・薬師堂・不動堂・稲荷社・聖天堂・三鬼堂・大書院・住房等が、広い境内に建ち並ぶ大伽藍を擁した。しかし1862年(文久2年)、大火により堂宇をことごとく失った。
全山焼失110年後の、1972年(昭和47年)現住 長澤弘隆が晋住し、復興の機運を得て本堂を再建し、1985年(昭和60年)には客殿・住坊を建設。さらに、2011年(平成23年)、開創750年を期に新本堂「大毘盧遮那殿」を建立。旧本堂は大師堂となり、同時に境内も大規模整備された。

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滿福密寺の基本情報

住所栃木県栃木市旭町22-27
行き方
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名称滿福密寺
読み方まんぷくみつじ
通称おにょうさん(鬼王さん) 満福寺
御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0282-24-8260
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。

詳細情報

ご本尊大日如来、三鬼尊、子授け観音、縁結び歓喜天、身代り地蔵尊
宗旨・宗派
ご由緒

真言宗智山派の寺院。山号を「教王山」、院号を「遍照光院」という。奥の細道霊場十八番札所。

鎌倉時代の1262年(弘長2年)、洛南醍醐寺報恩院の学僧 憲深和尚の室にいた朝海法印が、日光修験に赴いた折、下野国都賀郡太平山の山麓(現 栃木市薗部町)に住坊を建立し、山林修行に励む傍ら天下泰平・万民豊楽の祈祷を行ったことに始まる。
天正年間、皆川城主・皆川広照の栃木城及び城下町造営の際、命によって現在の地(栃木市旭町)に移され、城下町東の木戸守衛を兼ねる。1591年(天正19年)11月には、関東八州に移った徳川家康の鷹狩りの折休息所となり、住持の応接にすこぶる満悦し朱印五石を賜わる。
以来寺勢大いに振い、江戸期には十間四面の大本堂を中心に、大門・御成門・多宝塔・大師堂・薬師堂・不動堂・稲荷社・聖天堂・三鬼堂・大書院・住房等が、広い境内に建ち並ぶ大伽藍を擁した。しかし1862年(文久2年)、大火により堂宇をことごとく失った。
全山焼失110年後の、1972年(昭和47年)現住 長澤弘隆が晋住し、復興の機運を得て本堂を再建し、1985年(昭和60年)には客殿・住坊を建設。さらに、2011年(平成23年)、開創750年を期に新本堂「大毘盧遮那殿」を建立。旧本堂は大師堂となり、同時に境内も大規模整備された。

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