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楽しみ方那閉神社のお参りの記録(1回目)
投稿日:2026年04月18日(土) 22時50分40秒
参拝:2024年7月吉日
延喜式神名帳にある、那閇神社 (駿河国・益頭郡4座)に比定される式内社
【創建は、継体天皇三年(509年)】
物部氏の勧請により当目山に鎮斎、その後一度海中神の岩に鎮座したが、風浪の害を避けて現在地に奉遷された。
我が国の最も古い神祭の姿である、海の彼方から訪れる神を、一旦海中の島(神の岩)にお迎えし、海岸の御座穴にお祭りし、さらに姿美しい神奈美山(かんなびやま=お椀を伏せたような姿の山)に神は降臨されるという、その信仰そのままの山が当目山であった。
したがって、その昔は社殿もなく、山そのものが御本殿(御神座)であった。
延喜式内社で、『延喜式』(西暦927年完成)巻九神名上に「駿河国益津郡四座並小、那閉神社」とある。
昔は年々国司が祭り、弘安四年(西暦1281年)には朝廷より奉幣があった。
現在も大漁神・福神として近郷の崇敬を集めている。
旧除地は二石で明治八年(西暦1875年)二月村社に、同四十年(西暦1907年)三月神饌幣帛料供進社に、大正四年(西暦1915年)五月四日に郷社に列格した。
特殊神事 浦祭(うらまつり)
以前は旧2月14日に行われていたが、今は2月初午に末社稲荷神社の祭典と合わせ行われている。
漁業者の大漁祈願祭で、以前は鰹・鮪が山のように供えられ、四斗樽の鏡がぬかれ、たいへんな賑わいであった。
浦祭の「浦」は、もともと占いの「ウラ」で、大漁を占う祭りであった。
(公式HP抜粋)
【御祭神】
大国主大神、事代主命
【御神徳】
大漁満足、海上安全、商売繁盛、五穀豊穣、良縁成就、学業成就など
御朱印は、那閇神社向かいの宮司様宅で書き置きを拝受いたしました
🅿️近隣に駐車場有り
【創建は、継体天皇三年(509年)】
物部氏の勧請により当目山に鎮斎、その後一度海中神の岩に鎮座したが、風浪の害を避けて現在地に奉遷された。
我が国の最も古い神祭の姿である、海の彼方から訪れる神を、一旦海中の島(神の岩)にお迎えし、海岸の御座穴にお祭りし、さらに姿美しい神奈美山(かんなびやま=お椀を伏せたような姿の山)に神は降臨されるという、その信仰そのままの山が当目山であった。
したがって、その昔は社殿もなく、山そのものが御本殿(御神座)であった。
延喜式内社で、『延喜式』(西暦927年完成)巻九神名上に「駿河国益津郡四座並小、那閉神社」とある。
昔は年々国司が祭り、弘安四年(西暦1281年)には朝廷より奉幣があった。
現在も大漁神・福神として近郷の崇敬を集めている。
旧除地は二石で明治八年(西暦1875年)二月村社に、同四十年(西暦1907年)三月神饌幣帛料供進社に、大正四年(西暦1915年)五月四日に郷社に列格した。
特殊神事 浦祭(うらまつり)
以前は旧2月14日に行われていたが、今は2月初午に末社稲荷神社の祭典と合わせ行われている。
漁業者の大漁祈願祭で、以前は鰹・鮪が山のように供えられ、四斗樽の鏡がぬかれ、たいへんな賑わいであった。
浦祭の「浦」は、もともと占いの「ウラ」で、大漁を占う祭りであった。
(公式HP抜粋)
【御祭神】
大国主大神、事代主命
【御神徳】
大漁満足、海上安全、商売繁盛、五穀豊穣、良縁成就、学業成就など
御朱印は、那閇神社向かいの宮司様宅で書き置きを拝受いたしました
🅿️近隣に駐車場有り
すてき
投稿者のプロフィール

seeker76投稿
2022年より、東海地方を中心に神社仏閣を巡っています⛩️ 今は賑わいよりも、静かな場所を好み、その土地の気配や由来に触れながら淡々と歩いています。 参拝記録として残しています。 よろしく...もっと読む
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