あきはそうほんでんかすいさい
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秋葉總本殿可睡斎ではいただけません
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秋葉總本殿可睡斎のお参りの記録(1回目)
投稿日:2019年09月16日(月)
参拝:2017年1月吉日
萬松山 可睡斎 曹洞宗
室町時代初期 応永年間(1394年 - 1428年)に
恕仲天誾禅師によって開山。
徳川家康が 幼い頃武田信玄の軍から逃れ
父と共に匿われた礼に訪れた際
席上で居眠りをする仙麟等膳和尚を見た家康は「和尚我を見ること愛児の如し。
故に安心して眠る。われその親密の情を喜ぶ
和尚 、眠るべし」と言い
以来和尚が「可睡和尚」と呼ばれたことから
いつしか本来東陽軒であった寺の名も
可睡斎となった。
明治6年 秋葉山の神仏分離に伴い
三尺坊大権現が遷座され
火防災除の寺ともなった。
修行道場として僧堂を設置している。
江戸時代には「東海大僧録」として
三河国・遠江国・駿河国・伊豆国の
曹洞宗寺院を支配下に収め
関三刹と同等の権威を持った。
遠州三山の1つ。
御本尊:聖観音
室町時代初期 応永年間(1394年 - 1428年)に
恕仲天誾禅師によって開山。
徳川家康が 幼い頃武田信玄の軍から逃れ
父と共に匿われた礼に訪れた際
席上で居眠りをする仙麟等膳和尚を見た家康は「和尚我を見ること愛児の如し。
故に安心して眠る。われその親密の情を喜ぶ
和尚 、眠るべし」と言い
以来和尚が「可睡和尚」と呼ばれたことから
いつしか本来東陽軒であった寺の名も
可睡斎となった。
明治6年 秋葉山の神仏分離に伴い
三尺坊大権現が遷座され
火防災除の寺ともなった。
修行道場として僧堂を設置している。
江戸時代には「東海大僧録」として
三河国・遠江国・駿河国・伊豆国の
曹洞宗寺院を支配下に収め
関三刹と同等の権威を持った。
遠州三山の1つ。
御本尊:聖観音
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