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ひよしじんじゃ

日吉神社

島根県 出雲科学館パークタウン前駅

投稿する
0853-24-2050

※お問い合わせの際は「ホトカミを見た」と
お伝えいただければ幸いです。

御朱印について
御朱印
あり
限定
-
御朱印帳
-
パーキング
駐車場
あり

あり

ご利益

日吉神社について

出雲市の中心部に位置する今市町の氏神様で、「山王さん」の愛称で親しまれています。氏子数は出雲市内の神社の中では最多と云われています。

おすすめの投稿

よしくん
2017年11月30日(木)
627投稿

出雲市駅近くにちょっと仕事のできるカフェが無いかと探し歩き、なんとなくホトカミの現在地検索をしてみると、なんと投稿のある神社が近くにあるではないか。

しかも、地元民に愛されているようだ。

これはお参りせねばと思うと、なんとすでに参道に立っていたことに気づく。

心を込めてお参りさせて頂きました。
出雲と言っても、駅の近くは地形が平坦でそんなに歴史のない地域かなと勝手に思い込んでいたのですがイメージが覆されました。

ご縁に感謝。
(神社の隣は僕を出雲に導いて下さったアニキの母校でした。)

日吉神社の手水

手水舎の紅葉にふと目が惹かれる

日吉神社の周辺

現在地検索した瞬間、参道にいた。

日吉神社の鳥居

鳥居

日吉神社の手水

水も出てきました。(柄杓は濡れてなかったので、そんなに参拝者は多くないのかも。。)

日吉神社の狛犬

可愛い

日吉神社の狛犬日吉神社の山門

なかなか立派な山門

日吉神社の歴史

右の石柱には吉田松陰も推してた「至誠」の文字が。

日吉神社の狛犬日吉神社の狛犬日吉神社の本殿

本殿

日吉神社の末社日吉神社の末社

恵比寿神社

日吉神社の鳥居

後ろにまわると、、、

日吉神社の授与品その他日吉神社の狛犬日吉神社の景色

なかなか登るので、良い景色

日吉神社の景色

鳥居からみおろす街並み

日吉神社の自然

やっぱり紅葉に目が惹かれる。

日吉神社の景色日吉神社の周辺

隣には高校!

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緒方 健
2018年01月25日(木)
19投稿

駅近くにあり、宿泊先のホテルから歩いてお詣りできました。
観光神社では無く、地元の信仰神社として、手水が枯れていない数少ない神社でした。

日吉神社の建物その他

大きな注連縄。

日吉神社の鳥居

お稲荷さん。

日吉神社の手水

龍の口から水が出ています。

日吉神社の建物その他

龍の彫り物です。

日吉神社の建物その他

横の階段を昇ったところ。

日吉神社の狛犬

珍しい狛犬。

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歴史

 中世の頃、現在地(今市町1765番地)より北東へ約500メートルの辺りに「光雲山仏性寺」という天台宗と真言宗とを兼ねた大寺院があり、それにより山王権現がこの地に勧請されたと推察される。
宝徳元年(1449年)に仏性寺が全焼するという大火がおこり、同年に再建された本町恵比寿社の棟札に「宝徳元年山王社主金本土佐」と書かれていることから、山王社は15世紀の中頃には、すでに鎮座していた事がわかる。
その後、永禄12年(1569年)山中幸盛が尼子勝久を擁して再挙を図った時の毛利軍との戦いにより、今市の町は兵火に遭い、山王社も焼失したと思われるが記録は残されていない。
今市の町の発展とともに、人家も増え密集してくると、境内が汚れ社殿も火災のおそれが出てきたため、安永3年(1774年)町内の伊藤善五郎(運送業)により所有地が寄進され、氏子一同が相談してその地に社殿を造営して奉遷した。これが現在の社地である。
明治4年に日吉神社と改称、村社に列せられた。社殿は1909年(明治42年)に焼け、1913年(大正2年)に新築されたのが現在社で、一町一社の氏神様として町民の信仰が厚く、現在でも「山王さん」と呼ばれ、親しまれている。

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日吉神社の基本情報

住所島根県出雲市今市町1765
行き方

JR山陰本線、出雲市駅から徒歩8分 出雲高校隣
電鉄出雲市駅出口から徒歩約5分

アクセスを詳しく見る
名称日吉神社
読み方ひよしじんじゃ
通称山王さん
参拝料

なし

御朱印あり

限定御朱印なし
電話番号0853-24-2050
お問い合わせの際は「ホトカミを見た」とお伝えいただければ幸いです。
メールアドレスhiyoshijinja.izumo@gmail.com
ホームページhttps://hiyoshijinja.amebaownd.com/
SNS

詳細情報

ご祭神主祭神 大己貴神,大山咋神 
摂社・末社  宇迦之御魂神,事代主,軻遇突智神,奥津彦命,奥津姫命,毘沙門天,社日神,金山彦神,紺屋姫命
本殿大社造変態
ご由緒

 中世の頃、現在地(今市町1765番地)より北東へ約500メートルの辺りに「光雲山仏性寺」という天台宗と真言宗とを兼ねた大寺院があり、それにより山王権現がこの地に勧請されたと推察される。
宝徳元年(1449年)に仏性寺が全焼するという大火がおこり、同年に再建された本町恵比寿社の棟札に「宝徳元年山王社主金本土佐」と書かれていることから、山王社は15世紀の中頃には、すでに鎮座していた事がわかる。
その後、永禄12年(1569年)山中幸盛が尼子勝久を擁して再挙を図った時の毛利軍との戦いにより、今市の町は兵火に遭い、山王社も焼失したと思われるが記録は残されていない。
今市の町の発展とともに、人家も増え密集してくると、境内が汚れ社殿も火災のおそれが出てきたため、安永3年(1774年)町内の伊藤善五郎(運送業)により所有地が寄進され、氏子一同が相談してその地に社殿を造営して奉遷した。これが現在の社地である。
明治4年に日吉神社と改称、村社に列せられた。社殿は1909年(明治42年)に焼け、1913年(大正2年)に新築されたのが現在社で、一町一社の氏神様として町民の信仰が厚く、現在でも「山王さん」と呼ばれ、親しまれている。

体験おみくじお祓いお宮参り絵馬七五三御朱印お守り祭り人形供養

Wikipediaからの引用

概要
日吉神社(ひよしじんじゃ)は、島根県出雲市今市町にある神社。「山王さん」の愛称で親しまれる。
歴史
歴史[編集] 中世の頃、現在地(今市町1765番地)より北東へ約500メートルの辺りに「光雲山仏性寺」という天台宗と真言宗とを兼ねた大寺院があり、それにより山王権現がこの地に勧請されたと推察される。 宝徳元年(1449年)に仏性寺が全焼するという大火がおこり、同年に再建された本町恵比寿社の棟札に「宝徳元年山王社主金本土佐」と書かれていることから、山王社は15世紀の中頃には、すでに鎮座していた事がわかる。 その後、永禄12年(1569年)山中幸盛が尼子勝久を擁して再挙を図った時の毛利軍との戦いにより、今市の町は兵火に遭い、山王社も焼失したと思われるが記録は残されていない。 今市の町の発展と...Wikipediaで続きを読む
アクセス
交通機関[編集] 鉄道 西日本旅客鉄道(JR西日本)山陰本線・出雲市駅より南東に徒歩8分、出雲高校西
引用元情報日吉神社 (出雲市)」『ウィキペディア日本語版』。
この版のURL:https://ja.wikipedia.org/w/index.php?%E6%97%A5%E5%90%89%E7%A5%9E%E7%A4%BE%20%28%E5%87%BA%E9%9B%B2%E5%B8%82%29&oldid=91139940

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